《本記事のポイント》
- 内部告発者が米政権の対中政策はナイーブと批判
- 中国は「権威主義」国家なのか
- 歴史の中で繰り返される宥和政策をどう乗り越えるべきか
習近平国家主席は1日、中国共産党創建100年の祝賀大会で、「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは党の揺らぐことのない歴史的任務」と演説。「平和的な統一を進める」と強調し、「いかなる台湾独立のたくらみも粉砕する」と牽制した。「中華民族の偉大な復興」というスローガンには21回も言及した。
韜光養晦(とうこうようかい)は過去の話で、野心を露わにし始めたようにも見える中国──。その狙いをどう見るべきか。創建100年を前にして、1つの論文が発表された。
中国共産党からは「裏切り者」とされる、中国共産党中央党校で教鞭をとっていた蔡霞氏がフーバー研究所で発表した「China-US Relations in the Eyes of the Chinese Communist Party(中国共産党から見た中米関係)」という論文である。
彼女は2019年にアメリカに移住し、習氏を「マフィアのボス」、中国共産党を「政治的ゾンビ」と呼んだ"罪"で党から2020年8月に除名されている。
中国の本質は「高度に洗練された新全体主義」
蔡氏の論文の要点のみを紹介する。
- アメリカの対中政策は、中国共産党の性質とその長期的な戦略目標に対する根本的な誤解に基づいている。
- アメリカ政府は1970年代以降、中国共産党に対し常に非現実的な善意を持っており、中国が自由で民主的で世界の中で「責任ある」大国になると望みをかけてきた。この見方は、あまりにもナイーブである。
- アメリカ人の基本的な文化的伝統に、嘘をつかないこと、ルールを守ること、契約の精神を尊重することが挙げられる。一方の中国では「騙し」が文化として沁みついていて、遵法精神や公正さの感覚はない。
- 現在の中国の政治システム下では、意味のある改善は期待できない。アントニー・ブリンケン国務長官がアラスカで中国政府高官と会談した際、ブリンケン氏は、バイデン政権の中国との関係は、課題に応じて競争的、協調的、敵対的な関係となると述べた。だが、この3つは論理的に対立関係にあり成立していない。
- バイデン政権は、対中関係でベストを尽くしたいと考えてはいるが、それは単なる希望的観測に過ぎない。
- 長年、アメリカ政府や各界のエリートは、中国で政治的変化が起きていることを感じ取ってはいた。
- だが中国が、イデオロギーと暴力、ハイテクの監視システムによる「高度に洗練された新全体主義」に変貌を遂げていることに気づかなかった。ナチス・ドイツやソ連よりも抑圧的な国家を築いている。
- アメリカの中国専門家の多くは、いまだに中国を「権威主義的」体制と見なし、一方的な善意と幻想に頼って、共産党政府と継続的な関与を進めている。その結果、米政策は宥和的なものになっている。
- 米中のシステムの違いは、最終的には睨み合いと対立にならざるを得ないものである。
中国は「権威主義」国家なのか
一言で言うと、蔡氏は、バイデン政権の対中政策は、「宥和的」だと見ている。課題に応じて「競争的、協調的、敵対的な関係」を中国と構築するという政策は、相互矛盾をきたしており、一方的な「希望的観測に過ぎない」のである。
その原因は、蔡氏が述べているように、バイデン政権が「敵の本質」を見誤っているからだ。
日本のメディアでも欧米メディアと同様、中国を形容する言葉として「権威主義的」という形容詞が充てられるが、権威主義とは、民主主義と全体主義の中間にある政治体制を示す言葉であり、その特徴は「限定された」形であっても多元主義が存在することを意味する。具体的には、支配的な政党とは異なる政治的主体の存在を許容する一方、結社や政治活動に強い制限を課す政治体制を指す。
この定義から外れるのが中国だ。中国では複数政党制が認められず、民主化を求める「中国民主党」は当初は中国国内で地下活動を行っていたが、現在は海外での亡命生活を強いられている。
中国共産党創立建100周年の祝賀大会では、統一された動きで「共産党万歳!」と叫ぶ青年団(共青団)の姿が映像に映し出され、まるで北朝鮮と瓜二つ。信仰者やチベット人やウイグル人を弾圧して強制収容所に入れたり、香港の自由の闘士を消したりするのに躍起になっている中国のどこに「限定された形」でも多元主義があると言えるのか。
日本でも欧米メディアと同様、「権威主義」という言葉を無批判に使用するが、それは中国の実態を国民に見誤らせるばかりでなく、無意識に悪に加担する行為である。バイデン政権は、現代の世界の対立構造を「権威主義対民主主義」の構図で捉え、一度も「全体主義国家」という言葉を中国に使ったことがないが、果たしてそれで立ち向かえるのか。
歴史の中で繰り返される宥和政策をどう乗り越えるべきか
残念なことに、全体主義国家の台頭とともに古いのが「宥和政策」と言えるかもしれない。
第二次大戦勃発直前の英仏の政策、ナチス・ドイツと帝国政教条約を結んで沈黙を決め込んだバチカンの政策、冷戦時の緊張緩和のためにニクソンやキッシンジャーが考えたデタント、そして現在のバチカンの政策や日本政府の政策も宥和主義であり、その誹りを免れるものではない。
アメリカの論調は、反中に傾斜しつつあるものの、宥和的傾向は完全に払しょくされているわけではない。気掛かりなのは、バイデン政権のアジア政策のキーマンであるカート・キャンベルインド太平洋調整官もそうした傾向性を持っていることだ。
同氏は、「How America Can Shore Up Asian Order(アジア秩序をいかに支えるか)」と題した論文で、キッシンジャー氏が安定した国際秩序の手本と見做す19世紀のウィーン体制の勢力均衡を一つの理想形とし、その秩序は今世紀のアジアにも当てはまるとする。
だがアジア・太平洋地域は、かつてのヨーロッパとは異なる。ウィーン体制が持続できたのは、パワーが均等に分布していたことと、「価値の共有」や「共通利益の絆」から互いに自制心が働いていたことによる。
ウィーン体制は、現代の中国にあたるドイツが強大化することで、あっけなく崩れた上、中国との間に価値を共有している国は、北朝鮮ぐらいしか存在しない。ウィーン体制のアジア版が将来的に存在し得ると考えるところに同氏の甘さを感じるのは筆者のみではないだろう。
確かに同氏は、同盟国との連帯強化でパワー・バランスを回復させようとはしている。一方で、「中国がルールに即して行動することを前提に、予測可能な通商環境を提供し、気候変動対策、インフラ整備、COVID-19パンデミック対策を巡る協調から恩恵を受ける機会をともに共有していく。……今後においても、中国の一定の関与は重要であり続ける」として関与政策の重要性を説く。
中国が存在しなくとも成立する経済体制を築こうとしたトランプ前政権の政策とは異なり、中国を競争相手として対等に扱うべきだという対中配慮がにじむ。現時点では、オバマ政権のような関与政策に立ち戻ってしまう可能性は否定できない。
歴史的課題に立ち会う国を預かる者の責任
だが政治とは、未来のために現在ただ今に意思決定を成す営為のことである。冷戦時は、人類の行き先を持ち、そこに至る地図を描ける人々、つまりロナルド・レーガン大統領、マーガレット・サッチャー首相、そしてヨハネ・パウロ2世によって、終結を迎えることができた。
彼らの任期が終わり歴史的配役から退くと共に、もう一つの共産主義が台頭してきた。では、当事者である日本はどう振る舞うべきなのか。
宇宙存在のヤイドロンは、『ヤイドロンの本心』でこう説いている。
「『ベルリンの壁』が崩れて、ソ連が崩壊したころにですね、『中国もやっぱり共産主義なんだから、これも一緒に滅ぼさなくてはいけないんだ』ということを、もし、はっきりと、日本の中枢部にいる人たち、政治や経済やマスコミの中枢部にいる人たちがそういう認識を持って、断固として『ソ連が崩壊したなら、一気に中国も崩壊させるべきだ』というところまで決断していたら、現在の事態はなかった」
天安門事件後、日本政府は「西側が一致して対中非難等を行うことにより中国を孤立化」させることを危惧して、西側諸国による対中共同制裁に反対。民主主義や人権より、中国を「息長くかつできるだけ温かい目で見守っていく」との意思決定をした。
これは昨年、機密解除された外交文書に記されている。そして日本の天皇訪中がきっかけとなり、対中直接投資の増加、2008年の北京オリンピックへの道筋を開いた。当時、西側の団結を崩した日本の責任は看過できない。今回も創建100年を記念して、自民党の二階俊博幹事長らが中国共産党に祝電を送っているが、当時と同様、西側の結束を崩しかねない行為である。
何度か巡ってくるターニングポイント──。1989年のように、日本を筆頭に世界のリーダーが間違った意思決定を行えば、その結果は図りしれない。ブーメランのように戻ってきた歴史的課題に、日本を含む西側のリーダーは今度こそ立ち向かわなくてはならない。
(長華子)
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