2016年7月号記事
どうせなるなら 読書依存症
「読書しなきゃ」と思うなら、
そうせずにはいられないカラダに
なってしまえばいい。
(編集部 馬場光太郎)
「読書好きはうらやましい。何かの拍子で本を読みはじめ、読めば読むほど本が好きになり、自然に頭が良くなっていく」
読書家の勤勉さを尊敬しているという人には、そんな本音があるかもしれない。
最近は「スマホ依存」「活字離れ」という言葉も聞く。「耳が痛い」という人は、なおさら読書家を見て、後ろめたさを感じるだろう。
読書依存症―。相当量の読書をせずにはいられない人を、仮にそう呼ぼう。
20代、30代ビジネスマンの平均読書量が月0・26冊なのに対して、30代で年収3千万円の人は平均読書量が38倍の月9・88冊という調査がある(日経新聞)。この依存症には、収入増といった"症状"があるようだ。
どうせ依存するなら、スマホよりも読書がいい。彼らが、どのようにして依存症に"堕ちる"のか。そのプロセスに迫った。
古本街・神保町の人々に聞く
「やっぱり本はシビれますか?」
スマホやギャンブルなど、何らかの行為への依存を、医学では「プロセス依存」と呼ぶ。この場合、行為による興奮や刺激が依存の原因だという。
では、読書には、どのような刺激があるのだろうか。
記者が向かったのは、東京都内にある古本街・神保町。休日に古本を探しに来る読書依存症の方々に、最近得た本の刺激について聞いてみた。
◆ ◆ ◆
(1) 歴史は昼ドラより奇なり
歴史関係の本を熱心に物色している若い男性に声を掛けると、20代の大学院生だった。
法学の修士論文を書く合間、ストレス発散のため、夜に読む歴史本を探しに来ているという。
「歴史から、現代人も学ぶべきことが多くある」
そう語る青年が最近おもしろかったと言うのが、インドのムガル帝国初代皇帝・バーブルの自伝。中でも、女性と結婚しているにもかかわらず、少年に"初恋"をしてしまうくだりだという。
歴史には、昼ドラも真っ青な刺激があるのかもしれない……。
(2) 言葉にならない疑問に言葉で答えてくれる
分厚い哲学書を漁る中年男性に最近のMyヒットを尋ねる。
「哲学者カントが『感じたことが、どうやって知識に変わるのか』を分析した本がありました。そんなこと、考えたこともなかったけど、確かに気になりますよね。これが、部下に仕事を教えるヒントになりました」
言葉にしたことのない疑問を、言葉で答えてくれる驚きが、哲学書にはあるのだという。
(3) 「真面目な妖怪研究」が新鮮
昭和文学の棚を眺めていた青年に声を掛けた。イラストレーターだという彼は古い文学が趣味だという。
最近のMyヒットは、『利根川図志』という、江戸時代に書かれた利根川流域の地誌。
「当時の一流の学者が、河童のような妖怪について、大真面目に研究しているんです。今とは違う常識が、新鮮なんですよね」
古典は現代と感覚が違うから読みにくいと思っていたが、その違いを楽しむ、という発想はなかった。
(4) 考えたこともない……
仕事の合間にノンフィクションや自然科学系の本を読むという男性に、読書の意義を聞くと、
「え……そんなこと、考えたこともありません……」
答えられず、本気で困らせてしまった。しかし、生活に活字がないと困るという。
「意義」など深く考えない人もいるほど、読書というのは日常の自然なものと捉えていいのかもしれない。
(5) 明治文学の「品」にしびれる
明治文学の棚を覗いているご老人に、その魅力を聞いた。
「品がいいんだ。夏目漱石や森?外の文体に触れると、文章の品に自分も感化されてね。手紙の文章も、味わい深くなる」
唸るような文章表現を「品」という言葉で表現しているのか。まさに、品のある言葉だ。
(6)「死ぬ前に知っておきたい」
月に2~3回は神保町を訪れるという男性は、ヨーロッパ赴任などを経験し、今は引退して歴史などを読み漁っているという。
「『真珠湾攻撃の時、本当は何があったのか』みたいに、気になることが沢山あってね。死ぬ前に知っておきたいんだよ」
確かに本には、学校の教科書やテレビ、新聞に出てくる「常識」を覆す話が、山ほど出てくる。
◆ ◆ ◆
人により表現は様々だが、やはり本は「発見」という刺激を求めて読まれていた。読書への義務感を感じすぎず、純粋に「発見」を求めて本を手にとるべきかもしれない。
読書はゲームや散歩よりもストレス発散になる
私はこうして「読書依存症」になりました
こんな読み方をすると読書依存症になる! 斎藤哲秀氏 / 本誌編集長 綾織次郎 / 里村英一氏