ムバラク大統領辞任の報を受け、歓喜の声を挙げる市民たち(タハリール広場 2011/2/11)

2011年4月号記事

エジプト政変で激動のアラブ・中東

イスラム世界が民主化の波にさらされている。チュニジア政変に刺激されて起こった数十万規模のデモや暴動を受け、エジプトのムバラク大統領は辞任を発表。イラン、アルジェリア、ヨルダン、イエメンなどでも反政府運動が続いている。果たして、イスラムと民主主義は両立するのか。イスラム世界の民主化は、本当に世界に安定と繁栄をもたらすのだろうか。(編集部・長華子、只木友祐)


「ムバラク大統領は辞任を決め、国家運営のための権限を軍最高評議会に委譲する」

エジプトのスレイマン副大統領は2月11日、ムバラク大統領の退陣を発表し、約2週間にわたった大規模な反政府デモは一応の決着を見た。今後、エジプトでは憲法改正と、それによる自由で公正な大統領選挙が実施されることが約束された。

イスラム諸国の民主化・自由化を求める声自体は、今後もますます広がりを見せていくだろう。国際社会はその動きにどう対処すべきなのか。

イスラム諸国の民主化について議論をする時、欧米諸国から必ずと言ってよいほど出されるのが、「イスラム過激派が政権を取れば、国際社会にテロが拡散するのではないか」という懸念である。

国民の声を政治に反映させる民主主義の価値観を世界に広げようとする一方、イスラム社会の過激化を警戒し、民主化そのものの実現さえ不可能とする見方も多い。

エジプトをはじめとするイスラム諸国の民主化は、本当に国際社会にテロの拡散という混乱をもたらすのか。それとも、この地域の人々に自由と発展という恩恵をもたらすのだろうか。イスラムの民主化に詳しい宗教学者のレザー・アスラン氏に話を聞いた。

イスラムの人たちは民主主義を求めている

レザー・アスラン

レザー・アスラン
宗教学者。1972年テヘラン生まれ。イラン革命時に両親とともにアメリカに亡命。宗教史博士。米カリフォルニア州在住。著書に『仮想戦争』『変わるイスラーム』(ともに藤原書店刊)がある。

──エジプトの情勢をどう見ていますか?

多くの人たちは、イスラム教徒が国家をつくると、エジプト、チュニジア、アルジェリア、シリア、ヨルダンのような世俗的な独裁国家になるか、タリバン時代のアフガンのように原理主義的な神政国家になるか、どちらかしかないと信じ込んできました。

しかし、今エジプトが世界に証明しているのは、選択肢がこの二つしかないというのは間違った認識だということです。人々が、言論や思想の自由、政治参加の自由、宗教的寛容などの民主主義的な価値観に向けて協力し合えば、イスラム圏でも民主主義国家を打ち立てられる可能性があるということです。

──イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の台頭を恐れる声もありますが。

ムスリム同胞団は、現在エジプト国民の20%から25%の声を代表していますから、選挙で議席を取った場合にもそれぐらいの比率になるでしょう。エジプトが民主化された暁には、複数の政党が誕生し、ムスリム同胞団もその一つとして他の政党と競争することになります。それが民主主義というものです。

むしろ人々が本当に恐れているのは、タリバンのような社会を築くのではないかということでしょう。

しかし例えば、過激組織の「アル・カイーダ」は、ムスリム同胞団を最大の敵と見なしています。アル・カイーダのナンバー2とされるアイマン・ザワヒリは、ムスリム同胞団に対する700ページにも及ぶ抗議本を出しているほどです。

アル・カイーダは、ムスリム同胞団が暴力に訴えるのをやめて政治参加し、他のグループと協力し合って民主主義社会をつくろうとしているのが、許せないわけです。

ですから、ムスリム同胞団が非合法組織から多元的な民主社会の活力ある一員へと変貌を遂げることができたら、そのこと自体が、アル・カイーダにとって最大の打撃になるはずです。

──著書『変わるイスラーム』の中でイスラム的デモクラシーという言い方をされていましたね。

イスラム教国で世論調査を行うと、どの調査結果でも、圧倒的多数の人たちが民主主義を今すぐ実現したいと考えています。しかも、民主主義とイスラム教は両立すると考えています。

一方、アメリカでは60%の人々が、政治において宗教は何らかの役割を担うべきだと思っています。いわばキリスト教的デモクラシーです。イスラエルではユダヤ教的デモクラシーが行われています。ならば、イスラム教的デモクラシーがあってもいいのではないでしょうか。

宗教政党が政治に参加する意味は大きいのです。

例えば以前トルコでは、宗教政党を抑圧する形の政教分離を行っていました。しかし宗教政党は活動が認められるにつれて穏健化し、過激な行動をとるのは世俗的な民族主義政党だけとなりました。いまや宗教政党のほうが、トルコという国を強くし発展させる原動力となっているのです。

アメリカでは、プロテスタントの価値観が暗黙の社会道徳となっているように、イスラム世界では、イスラムが道徳の基盤にあるような民主国家を形成すれば安定した国になるでしょう。

──著書『仮想戦争』の中で、旧約聖書に登場する、排他的で時に血なまぐさい命令をする神をどう理解するかが鍵だと言われていました。

一神教では、唯一の神しか存在しないという信仰ですから、そこには一つの真理しかないことになります。そうすると自分たちの神の真理以外は、間違っていて、しかも邪悪だと決めつけがちになるのです。「一切を滅ぼしつくす」という残虐な命題は旧約聖書に繰り返し出てくる主題です。非常に残虐な教えが入っていて、これが聖書にもコーランにも受け継がれ、戦争の原因になっています。

一神教同士の衝突は、一神教の本質からくる必然的な結果です。いま必要なのは、宗教そのものに対する徹底的な理解であり、それによって聖典を再解釈していくことなのです。 (談)


イスラム圏でテロ組織は例外的

責任ある政治プロセスに関わることを拒み、際限のないテロ活動を続けるアル・カイーダのような組織は、イスラム社会の中では例外的存在だ。彼らは西洋起源の民主主義を憎み、たとえイスラム教徒であっても、民主化勢力に対してはテロを決行する。

アメリカなどは自国に敵対的な原理主義組織を十把一絡げにしがちだが、民主化を促しつつテロ活動を封じ込めるためには、アル・カイーダのような狂信的な組織と、ハマス(注1)などの政治参加を志向する組織とを区別すべきだという意見は根強い。

実際、制度の面だけを見るなら、サウジアラビアなどわずかな例外を除いて、すでに多くのイスラム諸国が西欧型の議会制民主主義や法制度を導入し、イスラム的価値観との両立を図ろうとしている。欧米諸国からテロ組織扱いされることも多いハマスやヒズボラ(注2)といった組織でさえ、こうした近代的制度の下での政治参加を模索しているのだ。

最も西洋色が強いと思われるのがトルコである。トルコは建国以来、「脱イスラム」「入欧」を理念とし、政教分離を掲げる世俗主義の国だ。イスラムが公的領域に関与することを軍部が抑えこんできた面はあるものの、EU加盟を目指すなど、他の国とは一線を画した動きをしており、イスラム社会が多様であり得るという一つの事例となっている。

それ以外の大多数の国は、イスラム教を国教あるいは公定宗教としつつも、一応は近代的な法制度を中心とする中間型だ。そうした国々も、近代的制度がどの程度定着しているかは国それぞれであり、ひとくくりにするのは難しい。

厳格なイスラム主義の国としてはサウジアラビアが挙げられる。1300年以上前に成立した「コーラン」が憲法であると宣言し、預言者ムハンマドの時代そのままの教えを採用している。選挙で選ばれる国会は存在しない(一部、地方選挙が行われたことはある)。国民への抑圧も深刻で、宗教警察が国民の道徳違反を監視するというお国柄だ。

イランは建前上、議会制度を採用しているが、やはり厳格なイスラム法の国だ。選挙で選ばれる大統領や国会議員はいるが、宗教指導者のハメネイ師が国政の最終判断を下す仕組みになっている。原理主義的な革命防衛隊や民兵組織が市民を監視し、言論の自由を抑圧している。

民主主義の真の浸透という観点から言えば、イスラム諸国にはまだまだ大きな問題が潜んでいる。

(注1)1987年に創設されたパレスチナのイスラム原理主義組織。イスラエルへのテロ活動を行っており、現在はガザ地区を武力占拠している。

(注2)1982年結成されたレバノンを拠点とするシーア派イスラム原理主義組織。イランやシリアの援助を受け、国内外で欧米やイスラエルへのテロを行う。


民主的な要素を持つイスラム教

こうした現状から、イスラム圏が民主化するのは無理ではないかとの疑念があるわけだが、中東イスラム研究の第一人者とされるプリンストン大学のバーナード・ルイス名誉教授は、全体主義的専制は「イスラムの主流とかけ離れたもの」であるという。

ルイス教授によれば、コーランの「宗教において強制はない」という一節や、「わが共同体における多様性こそが神の恵みである」というスーフィズムの伝統は、信者同士の対話を理想としてきたことを示すという(『聖戦と聖ならざるテロリズム』)。

また、イスラム教研究の権威であるジョン・エスポジト氏は、イスラム世界には民主主義を促進するような、支配者と被支配者の合議、共同体の合意、公共の利益といった概念が存在し、これが議会政治や三権分立の構造を支える基になるという(『イスラーム世界の基礎知識』)。

このように、実はイスラム教には自由な統治につながる要素が数多く見られるのだ。

中東イスラム諸国が非民主的なワケ

にもかかわらず現在のイスラム世界が非民主的であるのは、その不幸な歴史と関係がある。

第一に挙げられるのは、イスラム諸国がヨーロッパによる植民地支配から解放された後も、その性格を引き継いだ抑圧的な政権が居座ってしまったことだ。欧米諸国は、資源を確保し、冷戦時代の味方に引き込むことと引き換えに、非民主的な政権を黙認し、支援した。

特に、世界各国に民主化圧力をかけながら、自国の国益にとって重要な国に対してはその要求を控えるアメリカのダブルスタンダードは常に指摘されてきたところだ。アメリカはイスラエル擁護の立場から、イスラム主義勢力が政権を奪うのを好まず、中東イスラム諸国に民主的な政治プロセスの実現を強くは求めてこなかった。

中東諸国の中には、シリアやレバノンのように、ナチスやソ連の全体主義・共産主義政府から、思想統制、監視など、抑圧のための統治方法を学び取ってしまった国もある。

結果として、多くのイスラム国の民衆は終身的な軍事独裁制の下に置かれている。

悪質で腐敗した指導者を交代させることもできず、政府への反対意見を表明すれば非合法組織に認定され、投獄の憂き目にあうという状態が続いている。

公正な選挙によってイスラム主義勢力が勝利しても、自国の政府や欧米諸国がそれを認めない事例もあり(アルジェリア、パレスチナなど)、国民を幻滅させてきた。

弾圧と抵抗の悪循環

元CIA国家情報会議副議長のグラハム・フラー氏は、イスラム世界に存在する悪循環を次のように指摘する(「フォーリン・アフェアーズ」誌日本語版2002年4月号)。

「民衆の不満は反政府活動を呼び込み、そうした反政府活動が政府による抑圧を招き入れ、行き場を失った怒りが一部の人々をテロに走らせる。待ち受けているのはアメリカの軍事介入で、最終的に民衆の不満はますます高まる」

アスラン氏もこの現象について「平和的な声を押し黙らせると、暴力が政治的意思表明の唯一の源になる」と分析。1990年代にほぼ10年近く国を荒廃させたアルジェリアの内戦はその適例という。アルジェリア政府が穏健なイスラム主義組織「イスラム救国戦線」の政治参加を禁止した結果、超過激組織「武装イスラム集団」の台頭を招いた。

政治参加の自由を訴えているフラー氏も「政治参加のプロセスを開放すると、クウェート、バーレーン、モロッコ、ヨルダン、マレーシア、インドネシアなどの国民は、イスラムの過激派や反動勢力と、穏健派とを区別できるようになった」とする。

そして、「エジプトやサウジアラビアとは異なり、こうした諸国の民衆で、主要なテログループで積極的活動を行っている人物がほとんどいないのはこのためである」と結論づけている。

やはり、パレスチナやレバノンといった危険地域であっても、必要なのは民主主義の抑圧ではなく、民主主義の促進であろう。

民主化がテロをなくす

アリストテレスの『政治学』にもあるように、民主主義は、国民は大筋において正しい政治的選択ができるだろうという国民に対する「信頼」を前提とした制度である。政府が「民の声」の前に謙虚になり、人々の要望を政治に反映させる仕組みが整えば、暴力に訴える手法の説得力が薄れ、長期的にはテロを終息に向かわせることも可能になるだろう。

イスラム世界が悪循環から脱出できるか、不満を持つ人々がテロに走ることなく、理想の国づくりに参画する本当の戦士となれるかは、政治参加の自由を保障できるかどうかにかかっている。

民主主義が定着するには時間がかかる。モンテスキューが述べているように、その地に根づいている宗教などの習俗を抜きにして民主主義をつぎはぎしても、所詮、ニセの民主主義に陥りがちだ。それは、先に見たイスラム諸国の現状からも分かる。

イスラム世界に安定的に民主主義が定着するためには、イスラムの持つ普遍的な価値観を発展させて、民主主義と両立する形へと昇華させることが必要だろう。


民主化成功の鍵はイスラム改革

民主化はイスラム世界に多くの恩恵をもたらすだろう。しかし民主化そのものによって、彼らが求める自由や発展が実現するかどうかは未知数だ。なぜなら、彼らが固持するイスラム教の伝統的な思想や制度には、民主主義の基礎である人権思想に合わないものが散見されるからだ。

例えば、盗難を犯すと手足を切断されたり、不倫関係が発覚すると石打の刑に遭うなど、中世的な刑罰がいまだに生きている。また、女性は一人で外出することも車を運転することも禁止されているなど、女性の社会的地位は非常に低い。民主主義を掲げて国際社会と交流するには、イスラム法の改革は不可欠だろう。

また、彼らが民主化を求める背景には貧困があるが、必ずしも民主化が豊かさをもたらすとは言えない。それは、幸福の科学グループの大川隆法創始者兼総裁が2月13日の法話で指摘した通りだ。

欧米諸国や日本などの先進国では、共通して高度な知識教育が普及しているが、イスラム圏では公教育が十分に普及していない地域も多い。識字率もエジプトで約66%など先進国と比較して軒並み低く、教育制度が不十分な点は否めない。民主化による自由を国の繁栄に結びつけるには、教育の機会を得て刻苦勉励し、自分の才能を伸ばす人たちを増やさなければならない。

イスラム圏以外にも言えることだが、教育によって国民が良識を持つことが、民主主義が正常に機能するための条件でもある。単なる多数決の原理だけでは、経済に限らず外交の面でも、国は舵取りを誤る可能性が高い。教育の向上は、国際社会と協調した発展をもたらす鍵となるだろう。

エジプトについて言えば、民主化が地域の不安定化を招くのではないかという視点も忘れてはならない。大川総裁は先の法話で「イスラム教国でイスラエルを囲む包囲殲滅戦の可能性が高まった」と述べている。

エジプトの軍最高評議会はイスラエルとの平和条約を尊重するとの声明を出している。とはいえ、親米政権が倒れたことで、反イスラエルのイスラム原理主義が伸張し、イスラエルとの対立が激化する可能性があるというわけだ。ムバラク大統領に勇退を促したオバマ大統領の判断が裏目に出るかもしれない。

イスラムの民主化を後押しするにあたって、世界は極めて高度な判断を求められている。中東をはじめ世界がさらなる混沌へと向かうことのないよう、智慧ある判断が必要だ。

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〈民主化に揺れるアラブ・中東〉

①ヨルダン

アブドラ国王/在位12年、識字率92%

1月21日に約5000人、2月4日に約2000人の反政府デモ。

②イエメン

サレハ大統領/在位20年、識字率61%

1月27日、首都サヌアで1万6000人がデモ。

2月12日にも数千人のデモ。

③リビア

カダフィ大佐/在位41年、識字率88%

④チュニジア

ベンアリ前大統領/在位23年、識字率78%

反政府デモを受け、ベンアリ前大統領が国外逃亡。

⑤アルジェリア

ブーテリカ大統領/在位11年、識字率73%

2月12日、首都アルジェで2000人規模のデモが発生。

⑥イラン

ハメネイ最高指導者/在位22年、識字率82%

2月14日、首都テヘランでなどで大規模デモが発生。

⑦サウジアラビア

アブドラ国王/在位6年、識字率86%

政府に抗議する焼身自殺が相次ぐ。

⑧シリア

アサド大統領/在位11年(父親と合わせて40年)、

識字率84%。貧困への財政支援を打ち出す。

⑨エジプト

ムバラク前大統領/在位29年、識字率66%

大規模デモを受け、ムバラク前大統領が辞任。