戦前の日本と戦後の日本はまるで別の国 実は戦前はアメリカのような自由な国だった

戦前の日本と戦後の日本はまるで別の国 実は戦前はアメリカのような自由な国だった

1925年に撮影された三菱プラントの工場の風景。

 

《本記事のポイント》

  • 現代の働き方は戦後の「常識」にすぎない
  • 戦前は決して暗黒時代ではない
  • 戦前の日本は、自由で自助努力を肯定するアメリカのような国だった

 

皇居でこのほど行われた天皇誕生日の一般参賀には、間もなく退位する今上陛下を見るために、平成の時代では過去最多の人々が訪れた。

 

しばらくすれば、平成が終わる。陛下は先の大戦への向き合い方について常に思いをめぐらせ、平和な世の中をつくろうとされてきたという印象がある。

 

戦前の日本と言えば、「暗い」「自由がない」「軍国主義一色」などの負の印象がつきまとう。漠然としたマイナスイメージが定着し、あらゆる戦後の価値観が肯定されている感がある。そんな時代を生きられた陛下がまもなく身を引かれる。

 

しかし、果たして、戦前の日本は、そんなに「息苦しい国」だったのか。

 

 

現代の働き方は戦後の「常識」にすぎない

最近、安倍政権は、「働き方改革」と称し、国民の働き方に口出ししている。例えば、最低賃金を引き上げて人手不足を解消しようとするなどの動きがある。

 

日本企業の雇用体系の特徴は「終身雇用」だが、実は戦前の日本は、現代のアメリカのように職を転々とする人が多く、雇用の流動性が高い社会だった。

 

1920年代前半では、工場労働者の離職率が、約70~80%(年平均)に達していた。労働者は自らのスキルが熟練してくると、待遇のいい会社に次々と転職していったのだ。

 

評論家の堺屋太一著『日本を創った21人』によれば、大正から昭和期にかけては、従業員の解雇がしやすい自由競争の時代だったという。たとえクビを切られても、労働者は、故郷に戻って農作業などで食いつなぎ、また新しい職を求めて都会に出た。この時代は、家族がいることが「社会保障」として機能していた。

 

次第に企業は優秀な人材を引き留めようと、さまざまな福利厚生を整えるようになる。勤労年数に応じた賃金や、積立式の退職金などがそれにあたる。パナソニックの創業者・松下幸之助が、世界的恐慌が起きた1929年に、社員のクビを切らない経営に踏み切ったのも、当時、雇用の流動性が高かったためだ。

 

その後、1937年に日中戦争が勃発し、企業は、戦争の影響で人手不足に陥る。政府は「従業者雇入制限令」「賃金統制令」などを出し、今の安倍政権のごとく、労働者の働き方を管理して対応した。この結果、終身雇用などの労働慣行が日本全体に広まることになる。

 

つまり、日本特有の労働慣行は戦中につくられ、それが社会に定着したのは戦後。戦前の日本は、先進国の中で最も転職率が高く、アメリカのような自由な社会だった。

 

 

戦前は決して暗黒時代ではない

文化面はどうか。現代人は「戦前の日本は、娯楽が少なかった」「軍国主義一色だった」というイメージが強いだろう。

 

戦前の庶民感覚を知るには、当時、最も売れた雑誌を見れば、ある程度分かる。その雑誌とは、1924年に創刊され、140万部を売り上げた大衆誌「キング」。これについて、保守界の重鎮である故・渡部昇一は著書『本当のことがわかる昭和史』の中で、こう語っている。

 

「私の自宅には、大正一四年(一九二五)から敗戦までに発刊された『キング』が揃っているが、誌面を通じて当時の雰囲気がよくわかる。その『キング』でさえ、二・二六事件について触れているのは、同事件から約二カ月後の昭和十一年五月一日号しかないのだ。たしかに二・二六事件当時、心配のあまり明治神宮に参拝した女学生たちもいたが、クーデター自体は三日間で鎮圧されているので、当時の一般大衆にとっては一過性の事件としか映らなかったのかもしれない」

 

渡部氏は、キングには軍事的なことが1ページも書かれていないとし、「戦前の日本は暗黒時代ではなく、国民は自由を愛していた」と論じている。

 

 

戦前の医療は株式会社が中心

さらに、戦前の日本と戦後の日本が別の国だというのは、医療事情を見ても分かる。

 

1880年代までは、公立病院の数は200を超えていた。ところがその後、財政難によって閉鎖が相次ぎ、1930年頃には80程度に過ぎなかった。その一方で、私立病院の数は1888年時点で339院だったのが、1936年には約3000院にまで増加した。

 

戦前の医療は、株式会社の運営が中心であり、公立病院が多い戦後とは大きく異なる。公立病院が増えた要因は、日中戦争で戦傷者が増えたことにあり、厚生省も1938年につくられている。

 

つまり、国家が医療を管理するのは、戦争期につくられた統制社会の影響なのだ。その証左に、戦前の私立病院の医療費は自由価格であり、基本的には自己負担。現代のアメリカのような医療システムだった。

 

 

戦前はアメリカ寄りの国だった

こうしてみると、戦前の日本は、現代社会よりも、自由な雰囲気があり、自助努力の精神が強く、アメリカのような国柄だったことが分かる。

 

戦後の日本について「社会主義が成功した国」と評すこともあるが、戦前と比較すると、その論理もうなずける。戦後の「常識」とされているシステムは、先の大戦を契機につくられたものが多分にしてあり、現代人は“有事下"で生活しているといえる。その意味で、現代人は、自由が抑圧されていると感じるのではないか。

 

日本をより自由な国にしていくためには、歴史から学ぶことが必要不可欠だ。平成が終わろうとしている今こそ、正しい歴史観を持つべきであろう。

(山本慧)

 

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タグ: 戦前  戦後  アメリカ  自由  天皇  一般参賀  軍国主義  医療費  

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