原爆の日、長崎市長が安保法案に苦言 その論理に小村寿太郎が苦言

 

長崎原爆慰霊碑に祈りを捧げる人たち。

70回目の「原爆の日」を迎えた被爆地・長崎で9日、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が行われた。被爆者や遺族ら約6000人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

 

弊誌では参列者に「原爆投下は日本とアメリカのどちらが悪いか」という問いを投げかけてみた。

 

アメリカが悪いと答えた人に理由を聞くと、「日本は自分から戦争をするような国ではない」、(長崎県在住・60代女性)、「原爆を落とす必要性がなかった」(長崎県在住・70代女性)、「一般市民を巻き込む攻撃を行った」(宮崎県在住・20代男性)といった答えが返ってきた。

 

日本が悪いと答えた人に理由を聞くと、「戦争を行うどちらにも非があるため」(長崎県在住・40代女性)、「戦争を始めたのが日本だから」(長崎県在住・30代男性)、「日本が悪い国なので原爆を落とされて当然(福岡県在住・20代女性)」といった答えが返ってきた。

 

同じく慰霊碑の前で手を合わせながらも、原爆への見方は人それぞれだった。あれだけの惨事でありかなら、“責任の所在"が曖昧になっていることに、改めて驚きを感じる。

 

原爆への見方の違いは、現在の安全保障への見方の違いにも影響する。

 

長崎市の田上富久市長は式典の平和宣言の中で、安保法案に言及。「70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています」と述べた。

 

「原爆の日」の平和宣言での発言だ。「原爆投下は日本の自業自得」「日本政府さえ“悪いこと"をしなければ、原爆は落ちてこない」と言わんばかりではないか。

 

しかし、原爆には全く逆の見方もあることを知っておきたい。

 

大川隆法・幸福の科学総裁が2010年、明治を代表する外交官である小村寿太郎の霊を呼び現代日本の外交について話を聞いた。その時、小村寿太郎の霊は原爆についてこう語った。 

 

日本は、『原爆を落とされたことで、平和運動の面では世界のリーダーになれる』というような言い方をしているが、こういう考え方は、はっきり言って、倒錯しているよ。被害者なら被害者として、きちんと意見を言ったほうがいい。

 

『人類に対して原爆を落とすのは罪だ。原爆を落とされた広島や長崎であるからこそ、核武装をする権利があるのだ。こんなことを二度とされないために、われわれには核武装をする権利がある』と考えるのがノーマルな論理なんですよ」(『日本外交の鉄則』所収)

 

日本が核武装するか否かにかかわらず、これが国際常識に近い感覚だろう。

 

アメリカにとって、主要都市が焼け野原と化した日本を降伏させるため、原爆投下は必要なかった。そもそも、日本を自衛戦争に追い込んだのもアメリカだ。それにもかかわらず原爆投下が日本の「自業自得」のように考える風潮に、日本の歴史観の異常さを感じられる。

 

原爆は落とした方が悪い。日本が考えるべきは、「原爆を落とされるような悪いことをしない」ことではなく、「二度と原爆を落とさせない安全保障体制を固めること」だ。

 

長崎市長が批判した安保法制も、その一環。中国が日本に向けて無数の核ミサイルを向けている。「平和の誓い」をするだけで、それらの脅威は無力化されないのだ。(光 取材・写真/久)

 

【関連動画】

 

【関連書籍】

幸福の科学出版 『原爆投下は人類への罪か?』 大川隆法著

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=969

 

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