イランがウランの濃縮度を上げることは、ネタニヤフ氏に好都合!? 日本は仲介を
2019.12.17
《本記事のポイント》
- イスラエルの政党は、右傾化するユダヤ人社会を反映した右派政党ばかり
- イスラエルの安全保障戦略「ベギン・ドクトリン」は発動されるか
- イランの出方によってはネタニヤフ氏に有利に働き、トランプ氏に攻撃の口実を与える
イスラエルで来年3月2日に総選挙が行われることになった。今年4月と9月に続き、1年以内に3度の選挙が行われるのは、イスラエル史上で初めてだ。
理由は、右派政党のリクード党首のネタニヤフ首相に続いて、第1党である「青と白」を率いるガンツ元参謀総長が組閣に失敗したためである。
連立の鍵を握るのは、前国防相のリーベルマン氏率いる「わが家イスラエル」。過半数を獲得するために、リクード党も青と白も、わが家イスラエルとの連立を模索した。だが、いずれも失敗に終わった。
11月に背任などの罪で起訴されたネタニヤフ氏は、国民の間で人気が落ち、批判が高まっている。そのため、12月26日にリクード党の党首選が行われる見通しだ。しかし党内では、ネタニヤフ氏を支持する勢力が多数を占めるため、再び党首に選ばれる可能性が高い。
イスラエルの政党は、右傾化するユダヤ人社会を反映した右派政党ばかり
では3月の総選挙で、青と白が与党になった場合、中東情勢に大きな変化はあるのか。
青と白は中道政党と評されることが多いが、実態は「右派」である。ヨルダン川西岸にユダヤ人の入植を推し進め、パレスチナ人との分離を主張。そして、エルサレムをイスラエルの永遠の首都であると宣言するといった、「極右」にも見える政策を掲げている。
与党も野党も右派であるのは、「イスラエルのユダヤ社会の右傾化に原因がある」と言われている。
これまで数多くの戦争を経験し、子供への民族教育も徹底して行われているため、右傾化が顕著となった。現在、思想的には右派と答えるユダヤ人は50%超え、左派の割合は20%にすぎない。
さらに「左派政党は弱い」との認識が多くの国民にあるため、イスラエルが占領したヨルダン川西岸からの撤退を掲げる政党は、数多い政党が乱立する中、わずか2つしかない。
もしガンツ氏率いる青と白が与党になったとしても、対外政策では、右派のリクード党との違いはそれほど大きいわけではない。
イスラエルの安全保障政策「ベギン・ドクトリン」とは何か
イスラエルの安全保障政策については、「ベギン・ドクトリン」という抑止戦略が知られている。
ベギン・ドクトリンとは「イスラエルの敵国が核兵器を保有しようとしている場合、イスラエルは先制攻撃によって核保有能力を破壊する」という戦略である。1977年から83年までイスラエルの首相だったメナハム・ベギン(1913~1992年)の名前にちなんでいる。
リクード党の生みの親であるベギン首相は、81年にイラクのバグダッド郊外で建設されていたオシラクの原子炉を攻撃した。ベギン氏は、ナチスのホロコーストにより、両親が殺害された政治家。「第二のホロコースト」を防ぎ、自国を核攻撃から守るため、先制攻撃をしてでも核開発を阻止しようと考えたのだ。
オシラク原子炉の次に、ベギン・ドクトリンが発動されたのは、2007年のシリア東部にあったアル・キバール原子炉に対してである。
イスラエルのオルメルト首相(1945年~)は、単独でシリアの原子炉を爆撃した。オルメルト氏も、ベギン・ドクトリンを重視する政治家だった。
このようなベギン・ドクトリンをリクード党は継承していると見られている。だが、イランに対して、このドクトリンを使うかどうかについては、ネタニヤフ氏は慎重であると言われている。
シリアと違って、イランは5万発のミサイルで反撃することが可能だ。イランのナタンズなどにある一部の核関連施設を破壊しても、他にも数十箇所に施設があり、シリアやイラクのようにはいかない。こうしたこともあり、「他の手段を尽くさずに空爆すべきではない」と考えているようだ。
「他の手段を尽くす」というのは、サイバー攻撃による核施設の攻撃や核物理学者の暗殺、イラク戦争のようにアメリカに先制攻撃をさせるといった手段を示唆している。
ネタニヤフ氏はすでにイランに対し、「核弾頭一発を製造するために必要な量の濃縮ウランを備蓄させない」というレッドラインを提示している。
イランの出方によってはトランプ大統領に攻撃の口実を与える
イランは現在、ウランの核濃縮を20%に高めている。核合意で決められていた低濃度のウランであれば、核爆弾を作るのに1年以上の歳月がかかる。しかし20%に高めれば、高濃縮のウラン製造が容易になる。
むろんイランは、100発以上の核弾頭を配備するイスラエルに対し、自衛権を行使しているだけではある。
だが、イスラエルの生存権を認めないイランの核武装は、イスラエルにとっては脅威となる。このためイランがウランの濃縮度を上げることは、来年の選挙で強硬派のネタニヤフ氏に有利に働くことになる。
また、「ユダヤ人のイスラエルへの帰還が、救世主復活の前提になる」と考えるアメリカのキリスト教福音派が危機感を募らせ、福音派から支持を得るトランプ米大統領のイランへの攻撃につながりかねない。
イスラエルには、敵国の核兵器、生物化学兵器や通常兵器によって被害を受けた場合、核兵器で報復する「サムソン・オプション」と呼ばれる最終手段があると言われている。
トランプ大統領はイスラエルがイランから攻撃を受けないよう防衛に入るため、イスラエルが核攻撃を受ける可能性は低いとしても、もし最終オプションが行使されれば、中東で最終戦争「アルマゲドン」が起きかねない。
正義がどちらにあるかを力によって判定しようとすれば、戦争は避けられない。多神教の伝統文化に基づいた、無限に包容的な性格を持つ日本の強みを発揮してゆけば、日本は各文明の紛争の調停当事者になる可能性を秘めている。だが日本は、残念ながらその使命を果たせていない。
イランのロウハニ大統領の来日を控えた今、日本は、キリスト教とイスラム教の一神教同士の懸け橋になる使命があることを自覚すべき時に来ている。(長華子)
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