2012年3月号記事

1月の 台湾 総統選で、現職の馬英九・国民党主席が再選を果たし、2期目の政権運営をスタートさせた。

今回の総統選は、世界的選挙イヤーの口火を切るとともに、アジアの政治バランスを左右する選挙ということもあり、本誌も現地に入って取材を行った。

当初、馬氏と蔡英文・民進党主席の接戦が予想され、投票前日の13日、馬陣営には連戦・元副総統、蔡陣営には李登輝・元総統が訪れて応援演説。両陣営とも特設会場に集まった数万人規模の支持者が「当選!当選! 当選!」とかけ声をかけたり、旗を振るなどして熱狂した。

筆者が足を運んだ馬陣営では、応援演説の合間に人気歌手やダンスグループなどが登場。サッカーの試合で鳴らすようなラッパの音があちこちで響きわたり、日本では考えられないほどの盛り上がりを見せ、馬氏が制限時間の夜10時ギリギリまで声を張り上げて「最後のお願い」をした。

有権者自ら国家元首を選ぶ、直接民主制ならではの盛り上がりではないかと感じた。

争点は格差問題などいくつかあったが、結局、すべて対中問題という一点に収斂できた。投票から一夜明け、台湾の主要紙「中国時報」は社説でこう論じた。

「蔡氏は『独立』を主張したために勝てなかった。馬氏が主張したように、両岸(台湾と中国)の平和的な安定が必要だ」

しかし、その「安定」を手放しで歓迎することはできない。それは限りなく中国が望む「安定」であり、「現状維持」だからである。

馬政権下で進んだ中台の緊密化

中国は、初の空母「ワリャーグ」を今年中に就航させる見通しだが、他国の目立った軍事的脅威がないにもかかわらず20年以上にわたり軍事費の2桁増を続けてきた事実だけを見ても、その意図は明白だ。

台湾と沖縄を支配下に置き、南シナ海を押さえれば、米国本土に届く核ミサイルで米政府を脅せる体制が整う。それが整うまでは、台湾にも沖縄(日本)にも静かにしていてほしい、というのが中国の本音である。

国民党支持者は、「馬英九は、低迷した経済を中国との経済協力枠組み協定(ECFA)の締結などによって立ち直らせた」(台北在住・男性30代)とその手腕を評価する。だがその一方で、輸出総額に占める中国の割合が約4割に及ぶように、台湾経済が中国頼みになったことは否めない。

さらに、馬氏は昨年10月、「中国との和平協定を結べるか、検討する」と中台統一ともとれる発言で世論の反発を買い、一時期、支持率を落としたが、この発言を全面的に撤回した形跡がないことも気にかかる。

香港は中国返還後自由が失われている

では今後、台湾はどこに向かうべきか。運動最終日の13日、台北市内で話を聞いた、日本の大学に留学経験のある女性(30歳)の言葉に、そのヒントを見つけた気がした。

「外国に頼るようで悪いですが、台湾人だけの力ではいつか中国に取り込まれます。だから、軍事的にはアメリカ、経済的には日本の支援が必要です。日本人は、もっと台湾の品物や農作物を買って下さい」

昨年、オバマ政権は、中国の反発に配慮して、台湾への新型戦闘機の売却を見送った。また、歴史をさかのぼれば、日本も米国も1970年代、中国と国交を結んだ際に、北京政府の圧力に屈し、台湾との国交を断絶した経緯がある。

そのカルマ(業)の刈り取りかもしれないが、今後、日米両国は、自由や民主主義という価値観を守るためにも、自国の防衛のためにも、陰に陽に台湾を支える必要があるだろう。 決して、中国が望む統制や全体主義による「安定」を受け入れてはならない。これは価値観の戦いである。

「香港と同じようになるなら、中国に統一されても問題ない」と口にする人もいるが、1997年、中国に返還された香港では現在、民主化を唱える内外の運動家が入国を拒否される事態が相次ぐなど、自由が失われつつある。

つまり、 今、中台関係に求められているのは、「台湾の中国化」ではなく、「中国の台湾化」なのである。 国際社会がそれを支援してこそ、世界の真の安定が実現する。

総統選が終わった今、台湾の人々には、熱狂的な選挙活動の前提である自由の大切さを、改めて考えてほしい。