映画ファンの皆様、お変わりありませんか。
今回の名画座リバティは、お変わりというほどではありませんが(笑)、目先を変えてお送りします。いつもは40~50年以上も昔の、名作として定評ある、仏法真理的にも内容に深みのある作品を中心にご紹介していますが、今回はもう少し新しい映画です。さりげないストーリーで、名作として評価が定まっている訳でもないけれど、筆者の心に残っている20年前の映画『大停電の夜に』(2005)。少し気が早いですが、クリスマスの時期にしっとりお楽しみいただける一本です。
(あらすじ)
クリスマスイブの夜、東京全域で大規模な停電が発生。帰宅困難になったりホテルのエレベーターに閉じ込められたりといった非日常のなか、灯りの消えた暗い街の片隅で、13人の男女の小さな物語群が動き出す。偶然の出会い、再会への想い、打ちあけられた秘密──。いくつものストーリーの糸は、やがて一軒のジャズバーに収束していく。
本作は、いわゆる「グランド・ホテル形式」に近い作品です。これは、ホテルなど一つの場所を舞台に、複数の登場人物によるいくつかのエピソードを描く一種の群像劇で、その名は1932年のアメリカ映画『グランド・ホテル』から来ています。登場人物たちは互いに無関係な場合もありますが、2000年前後の一時期、人物たちが本人のあずかり知らぬ部分で微妙に関係し合い、観客だけが出来事の全体像を理解できる面白さを狙った作品が流行りました。洋画では『マグノリア』(1999)『ラブ・アクチュアリー』(2003)『クラッシュ』(2004)、邦画では『THE 有頂天ホテル』(2006)などがあります。
このタイプの映画は脚本にかなりの巧緻さが求められますが、成功した場合は、人々が陰に陽に関係し合い支え合いながら一生懸命に生きている姿を、まるで自分が天使か神になって空の上から眺めているような、不思議な温かい感覚が生まれます。本作では、その温かさが、やや感傷にまで近づいていますが、大停電という非日常的シチュエーションがそれを無理なく受け入れさせるクッションとなっています。
13人の登場人物──この人数が、クリスマスにちなんでイエスと十二使徒を意識しているのかはわかりませんが──の中心的な一人はジャズバーのマスター、木戸(豊川悦司)です。彼は、今は人妻となっている昔の恋人に、イブに自分の店に来て再会してほしいと連絡してあり、彼女を待つうち停電に見舞われます。そこに、バーの向かいのキャンドルショップの女性のぞみ(田畑智子)が来て、手作りのキャンドルを灯します。
それと同時に他の11人の物語が進行するなかで、特筆すべきは、夫に過去の秘密を打ち明ける老妻を当時81歳の大女優・淡島千景が演じていることです。彼女の生涯最後から二本目の映画出演であり、夫役は当時74歳の宇津井健。二人とも今はこの世の人ではなく、そんな懐かしい顔ぶれの老成した演技を目にすることができるのも、20年前の作品という時間のなせる業です。
このタイプの映画が強く感じさせてくれるのは、「空間縁起」という、この世界の成り立ちです。大川隆法・幸福の科学総裁の著書『大悟の法』には、こうあります。
「人はお互いに支え合って生きています。そういう空間のなかを生きているのです。(中略)
人がこの世に生きるということは、この世の空間におけるお互いの関係論のなかを生きるということ、すなわち、『空間縁起』のなかを生きるということにほかならないのです。
そして、人が支え合って生きているということは、この世のなかに愛の原理が働いているということを意味しています」
なお、筆者は本作を20年前に一度観たきりでしたが、いちばん心に残っていたのはラスト近くで映る静江(原田知世)の表情でした。降り始めた雪のなか、傘をさして店の外にたたずみ、キャンドルの灯りに照らされて微笑むその姿。個人的なことですが、原田が15歳でデビューした『時をかける少女』(1983)は筆者にとって生涯の忘れ得ぬ一本です。その少女が本作では37歳の大人の女優となり、再会というテーマを繊細に演じている。今回20年ぶりに本作に"再会"し、同じシーンに感動することができたのは、人生における映画再鑑賞のよろこびでした。
現実の世界では、昔の恋人との再会を願っても、叶わないことが多いでしょう。いや、叶わないほうがいいのかもしれません。けれども年に一度、何か愛の奇跡めいたことが起こりそうなクリスマスの季節に、映画を観て恋人との再会を擬似体験するぐらいの感傷は、自分に許してもいいのではないでしょうか。映画を観終わって現実に戻り、「過去の教訓を大切にして、明日からまた、人の心にキャンドルの灯のような温かさをともすことのできる、愛ある人生を歩んでいこう」と思えるのなら。
(田中 司)
『大停電の夜に』
- 【スタッフ】
- 監督:源孝志
- 【キャスト】
- 出演:豊川悦司 田口トモロヲ 原田知世ほか
- 【配給等】
- 配給:スターキャット
- 【その他】
- 2005年製作 | 132分
Blu-ray、DVD、各種配信で視聴できます。
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