2024年12月号記事
第6回
釈量子の宗教立国への道
幸福実現党党首が、大川隆法・党総裁による「新・日本国憲法 試案」の論点を紹介する。
幸福実現党 党首
釈 量子
(しゃく・りょうこ) 1969年、東京都生まれ。國學院大學文学部史学科卒。大手企業勤務を経て、幸福の科学に入局。本誌編集部、常務理事などを歴任。2013年7月から現職。
釈量子のブログはこちらでご覧になれます。
https://shaku-ryoko.net/
「信教の自由」を守り宗教性悪説を打ち破れ
第二条
新・日本国憲法 試案〔第二条〕
信教の自由は、
何人に対してもこれを保障する。
宗教の"迫害材料"になっている現行憲法二十条
〔第二条〕は「信教の自由」を定めた条文です。現行憲法二十条の一項前段と同じ文言ですが、その後に付いている「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という付帯条項を取っ払って、純粋に「信教の自由」だけを明示しています。
これは現行憲法を大胆にスリム化し、自由の領域を広げるという大川隆法・党総裁の試案の狙いの中でも、最重要論点です。なぜなら現行憲法二十条の付帯条項が実質上、宗教に対する「迫害の材料になっている」と言わざるを得ないからです(*1)。
素直に読めば、宗教活動を禁じているも同然です。政治や学校教育の場から宗教的なものを排除し、さらには「国及びその機関」でもないマスコミも宗教を好意的には取り上げず、社会の表側から追いやる風潮を生んでいます。結果的に「宗教性悪説の根源」となり、無神論・唯物論を助長しているのです。
(*1)大川隆法著『幸福実現党宣言』(幸福の科学出版)
明治憲法も「信教の自由」に条件付けをした
「信教の自由」に政治が条件を付ければ、事実上、「自由」は死にます。表向きは「信教の自由」を認めても、国家権力にとって不都合であれば、条件を恣意的に解釈し、いとも簡単に弾圧に転ずる危険性が生まれるからです。それは「本音」と「たてまえ」を使い分ける妖怪的なあり方どころか、悪魔的な「嘘」につながる恐ろしさがあります。
戦前のわが国にも、猛省すべき歴史があります。明治の「大日本帝国憲法」第二十八条における「信教の自由」は、「日本臣民は、安寧秩序を妨げず、及び臣民としての義務に背かない限りにおいて」という、制限付きのものでした。さらに、「国家神道」に事実上の国教的な地位が与えられていたため、「廃仏毀釈」やキリスト教や大本教など一部宗教団体への厳しい弾圧につながりました(*2)。
しかし戦後の昭和20年12月、GHQは「神道指令」で神道の特権的地位を消滅させ、国家と宗教の分離を明確化しました。現行憲法二十条の「国からの特権禁止」も、もともとは「戦前の反省」を踏まえて作られたものでした。
幸福実現党に対し「宗教団体は政治活動を行ってはいけないのではないか」とするお声もあります。しかし「政教分離」の主旨は「宗教団体の権利を制限するのではなく、むしろ信教の自由を守るため、国家権力の介入を制限するためのもの」なのです。国会では内閣法制局が繰り返しその主旨の見解を述べており、法的にも政治的にもすでに解決済みで、異論のないものとされています(*3)。
しかし、結果として宗教が抑圧されている現実があります。やはり憲法にはシンプルに「信教の自由」だけを書くべきなのです。
(*2)本誌2024年5月号記事「明治維新のやり直し」参照
(*3)佐藤悠人著『祭政一致の法律学』(人間幸福学研究会)など参照
宗教政党として「信教の自由」を守り抜く
安倍元首相銃撃事件以降、個人が起こした犯罪が、宗教全体への法規制の方向へとすり替えられました。幸福実現党は、宗教の公益性を理解する唯一の政党として、宗教界全体の利益を守ります。
大川総裁はこう語っています(*4)。
「私には夢があります。(中略)私の夢は、一言で言うならば、『宗教を信ずる者が尊敬されるような日本にしたい』ということです」「別の言葉で言えば、『信教の自由が、人間の基本的人権として人々に受け入れられ、この地上において、この国において、本当に根づく』ということでもあります。本当の意味における『信教の自由』を、この世において確立したいと考えているのです。『宗教を信ずる者が差別されることのない世の中にしたい。宗教を信じる者が尊敬される世の中にしたい』、そういう思いを原点として持っています」
「信教の自由」を中心にした「宗教立国」こそ、幸福実現党の悲願です。