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《本記事のポイント》

  • 見捨てられた貧困国家ニカラグアとストリート・チルドレンに転落していくマリアの二重性
  • 怒りと喪失感への囚われから、少女マリアの心を解放する"物語の力"
  • グローバルサウスの人々の幸福に欠かせない「誇りの回復」

11歳の少女マリアは母リリベスと2人、ニカラグアのマナグア湖に隣接する広大なゴミ投棄場(ラ・チュレカ)でゴミ漁りで生計を立てている。そんなある日、リリベスはトラブルに巻き込まれ、マリアをリサイクル業者の友人に託して姿をくらましてしまう。1人残されたマリアが、捨てられたという悲しみ、怒り、喪失感を、"マヤ文明的"ともいえる想像力で乗り越えていくプロセスが幻想的に描かれる。

本作品は、ニカラグアの女性監督ローラ・バウマイスター氏の長編デビュー作である。1983年ニカラグア生まれ、メキシコの国立映画学校で映画制作を学び、2014年に制作した短編は、同年のカンヌ国際映画祭批評家週間で上映された。本作品もトロント国際映画祭ディスカバリー部門に選出され、2022年秋にワールドプレミア上映され、高く評価されている。

見捨てられた貧困国家ニカラグアとストリート・チルドレンに転落していくマリアの二重性

本作の底流には、"見捨てられること"によって生じる、痛みや怒り、悲しみが一貫して流れているように感じられる。物語の舞台であるニカラグアは、ホンデュラスとコスタリカに挟まれた、人口600万人ほどの中米の小国。

南米のベネズエラなどと同様、左派政権の弱者救済のバラマキ政策、結果起きたハイパーインフレ、そして長引く内戦で経済成長の夢もかなわない典型的なグローバルサウスの貧困国である。

そして物語は、ニカラグアを代表するマナグア湖畔に広がる広大なゴミ投棄場(ラ・チュレカ)から始まる。

家族や社会から見捨てられたストリート・チルドレンたちが停車した大型ダンプに群がり、吐き出されるゴミの中に残飯を見つけて歓声をあげる。主人公の少女マリアも彼らとともにゴミを漁り、掘っ立て小屋で廃棄物をリサイクル業者に売ることで生計を立てている母親と2人暮らしだ。

しかし、トラブルに巻き込まれた母親はマリアを見捨て、姿をくらましてしまう。美しく豊かな自然を湛えるマナグア湖と、その湖畔に広がるゴミ山ラ・チュレカのコントラストは、この物語がまるで"ゴミ"のように投げ捨てられた人々の、行き場のない痛憤に光を当てるものであることを象徴しているかのようだ。

怒りと喪失感への囚われから、マリアの心を解放していく伝承物語の力

マリアは母親の知り合いのリサイクル業者夫婦に預けられるが、その施設では行き場のない子供たちが数多く暮らし、廃棄物のリサイクル作業を手伝っている。

「すぐに戻る」という母親の言葉を信じて待つマリアだったが、母親は何日たっても戻らない。マリアは戸惑い混乱し、言葉にならない怒りを募らせていく。周囲に馴染もうとせず、孤立するが、マリアを心配し、気にかけてくれる少年タデオに少しずつ心を許し、仲良くなっていく。

ここで本作は、厳しい現実を生きる子供たちの、内面的な創意工夫へと焦点を転じていく。象徴的なのが、夜中に子供たちが合唱する、動物などを擬人化した歌や、松明を灯して呪文を唱える"葬式ごっこ"だ。

マリアの夢や想像の中にも、繰り返し"猫女"が現れる。これは母リリベスがマリアに語り聞かせた伝承で、1人前の女性になる時に、少女たちの前に"猫の姿をした女性"が姿を現すというものである。マリアの夢の中で、姿をくらました母リリベスが、徐々に猫女へと変容を遂げていく姿が幻想的に描かれるのが印象的だ。

ニカラグアで青年海外協力隊員として活動した経験を持つ国際開発研究者の楊殿閣氏によると、ニカラグアの伝統芸能に「グェングェンセ」という仮面舞踏劇があるいう。これは植民地支配者の白人に対して、服従者の先住民(グェングェンセ)がユーモアなトークとダンスを駆使しながら抵抗し、最終的には支配者の娘を自分の息子と結婚させるという物語を表す風刺劇だという。路上で子供たちが仮面を被ってドラムの音に合わせながら踊るものであり、大衆文化として親しまれているのだという(映画パンフレットより)。

ユカタン半島から隣国ホンデュラスにかけては、かつてマヤ文明が栄え、極めて高度な精神文化が花開き、荘厳な神殿や精緻な壁画、高度な天文・歴、説話・伝承を残した。彼らは、スペイン人の侵略に対して200年近くも抵抗運動を続けた、誇り高い民族でもあった。征服され、奴隷身分に突き落とされながらも、逞しく生き抜き続けたマヤ族の人々を支えたものは、辛うじて受け継がれた説話や伝承に息づく、自分たちのルーツに対する誇りでもあっただろう。本作品の随所に溢れ出している幻想的で独自の説話性は、あたかもマヤ的な文化的水脈が流れ出しているかのようでもある。

グローバルサウスの人々の幸福に欠かせない「誇りの回復」

やがてマリアは施設を抜け出し、文字通り"ストリート・チルドレン"となる。母を探してジャングルで野宿する夢の中で、母リリベスはついに完全な真っ黒なヒョウのような猫女となって現れる。母娘はひっかきあいを演じ、そこでマリアの目が覚める。

起き上がったマリアは、腕に出来た"ひっかき傷"に目を留め、"猫女の出現"をリアルな現実として受け止めるかのように、繰り返し指で擦る。朝日に照らされて、顔を上げ、しっかりとした足取りで歩み始めていくその姿は、「見捨てられた」という痛みの感情から離脱し、たくましく生き抜く決意を固めたかのようだ。

バウマイスター監督は、本作の意図について、「私は自分を見失ったり打ちひしがれたときには、いつも子供の時に読んだり聞いたりした物語を思い出します。

それで私自身も心温まる物語を作り、私の国のような過酷な環境でもたくましく生きる少年や少女たちに届けたいと思ったのです。

制作チームの仲間と、『想像は砦だ』と常々話していました。映画にそのような思いを刻み込みたいと思いました」と語っている。

昨今、グローバルサウスの国々と先進諸国との経済的な格差の是正は、国際政治の主要なテーマとなっている。見逃せないのは、その地に生きる人々が真に求めている幸福とは、「誇りを持って生きる」ことを中心としているということであり、その誇りの源泉は、それぞれの地域に根を下ろした伝統的な文明・文化の普遍性の中から汲み出されてくるものであって、決して外から与えられる財政的援助だけでは十分ではないということだろう。

幸福の科学の大川隆法総裁は著書『日本建国の原点』のなかで、「やはり、『民族の誇り』を失ってはいけないと思います。その誇りは『歴史』にありますし、歴史のもとには『神話』がありますが、別に神話がおかしいわけではないのです。ギリシャであろうと、中東であろうと、インドであろうと、アフリカであろうと、歴史には神話の部分があるのです。神話の部分は、年代が特定しにくいのですが、きちんと伝承があって成り立っているものです。もしかしたら、千年が『百年』になっていることもあるかもしれませんが、確かに、『ある人が存在して、何かを成した』という歴史であると思いますし、『人々の印象に、とても強く残る出来事があった』ということでしょう。神話をそのとおりには受け取れないかもしれませんが、そのなかに書かれているものには象徴的な意味があるので、その意味合いを受け取ることが大事であるわけです」と指摘している。

かつて高みを築いたマヤ文明の心を受け継ぎ、絶望的な貧困のなかでも、明るく、逞しく生きている人々の姿は、私たちに困難に満ちた時代を生き抜くための強靭さについて、貴重なヒントを与えてくれると言えるだろう。

 

『マリア怒りの娘』

【公開日】
東京ユーロスペースほかで、公開中。それ以外にも全国で順次公開。
【スタッフ】
監督・脚本:ローラ・バウマイスター
【出演】
出演:アラ・アレハンドラ・メダル
【配給等】
配給:株式会社:ストロール
【その他】
原題:LA HIJA DE TODAS LAS RABIAS | 2022年 |ニカラグア・メキシコ・オランダ、ドイツ、フランス、ノルウェー、スペイン合作 | 91分

【関連書籍】

日本建国の原点

『日本建国の原点』

大川隆法著 幸福の科学出版

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