《本記事のポイント》

  • がむしゃらに働いても報われない──過度な競争への虚しさ
  • 贅沢にも出世にも興味を持たない「寝そべり族」
  • 中国の減速を予感させる流行語

周知の如く、21世紀に入って中国経済は飛躍的に発展した。ただし我々は、同国発展の"光の部分"だけを見ているきらいがある。発展の裏側に見え隠れする"影の部分"もしっかりウォッチする必要がある。

「成長のための成長」「過度の競争社会」に、人々が"病み"始めているのだ。それが、中国での近年の流行語に、如実に表れている。

がむしゃらに働いても報われない──過度な競争への虚しさ

第1に「内巻」という言葉である。

このワードは「みんな頑張っているから、自分も頑張らないと追いつけない」という考えの下、各自が頑張れば頑張るほど、限られる資源のなかで競争がますます激しくなる──という状態を嘆いたもの(*1)。

この状況は、必ずしも中国に限った訳ではないが、特に同国は人口過多であるため競争が非常に激しい。その上、経済成長率の実態や人々の所得は頭打ちとなり、若者の就職難も深刻になっている。そうした中での競争は、いっそう血で血を洗うものとなり、かつ報われない。この虚しさが「内巻」という言葉には込められている。

第2に、「996」である。これは「朝9時から夜9時まで週6日働く」という意味。アリババなど中国の急成長を象徴するIT企業などにおける過酷な労働状況を、批判的に指したものだ。

実際は、中国のIT産業はさらに過酷な労働状況だという。プログラマーたちからは「現実は996なんてものではなく、807か716だ」といった声も上がっている。「807」とは「 午前8時から午前0時まで働き、週7日労働、土日も休みなし」を意味しており、「716」は「午前7時出勤、深夜1時まで働いて、休みは日曜日だけ」という意味である(*2)。

他方、「955」(午前9時から午後5時までの労働、週休二日)といった言葉も登場し、こうした企業は生活と仕事のバランスのとれた職場として称賛の対象になっているという。

これも中国人たちが感じ始めた「虚しさ」の裏表だろう。

第3に、小学生を対象にした「鶏娃」(娃は子供の意味)というワードである(*3)。

「鶏娃」とは、優秀な成績を収めるように、親に塾や習い事に通わせられる子どもを揶揄した表現だ。放課後に子供たちが、「打鶏血」(ニワトリの生き血を注射して元気になるという、科学的根拠のない民間療法)されたように塾などに一生懸命通う様子から名付けられた。

こうした状況が生まれた背景には、子供の教育に対する親の焦りがあるという。

中国は「学歴社会」である。北京大学や清華大学等の名門校を卒業すれば、社会的エリートへの仲間入りを果たす。また、海外へ留学すれば、それだけで箔がつく。ましてや、米ハーバード大学を卒業すれば、エリート中のエリートとなる。だからこそ、中国共産党幹部の子弟の多くは、同大学へ留学する。例えば、習近平主席の1人娘、習明沢(しゅう・めいたく)もハーバード大学卒である。

日本も「学歴信仰社会」(学歴はあった方がベターだと考える社会)と言われる。しかし、30歳を過ぎる頃から、徐々に学歴はあまり重視されず、本人の実力(+性格等)で評価されるようになる。

一方、中国は学歴が社会的ヒエラルキー(階層)と"密接な関係"のある社会であり、幼い頃から苛烈な競争が強いられる。そのため、競争は幼稚園から始まる。いわゆる(有名小学校へ行くための)「お受験」教育だ。

さすがに、この状況を見かねた習近平政権は、近頃、児童や生徒の塾・予備校通いを禁止しているが、競争への嫌気が社会や政権への不満につながることを恐れている証左だろう。

贅沢にも出世にも興味を持たない「寝そべり族」

第4に、有名な「寝そべり族」である。

上記のような厳しい環境の中、不思議な人々が現れた。彼らは最低限の生活を維持するため、アルバイトをして働く。だが、消費意欲はほとんどない。また、出世にはまるで興味がなく、結婚もせず、子供を持たない。基本的に、彼らは自分の好きな事をして暮らす。

「寝そべり族」が出現した背景には、中国の熾烈な競争社会への"反発"があるのかもしれない。

共産党は資本主義的「改革・開放」政策によって経済力を飛躍させ、政権の正当性づくりや、覇権拡大の原資として奉仕させてきた。そのため北京としては、できるだけ多くの、"がむしゃらに働く"人間が欲しい。「寝そべり族」たちは、これに対して"抵抗"している観がある。

「寝そべり族」が増加すると、経済発展に支障をきたすだろう。無論、北京はその存在を看過できない。そこで、党メディアでは、彼らを痛烈に批判する。けれども、彼らは違法行為を行っている訳ではないので、逮捕・投獄できない。

また「寝そべり族」は、中国に「少子化」をもたらすのではないか。現時点でさえも、同国は「少子化」の一途を辿る。2021年5月、共産党は「(1夫婦)3人子政策」を開始した(2016年1月には「1人っ子政策」を廃止し、「2人っ子政策」を導入)。しかし、ライフスタイルの変化や教育費の高騰などで、中国の「少子化」の歯止めがかからない。この傾向がさらに強まる可能性がある。

中国の減速を予感させる流行語

このような言葉や考え方が生まれた背景には、先述したように中国の成長そのものが減速し始めたことがあるだろう。

また、西洋や日本のように、勤勉に働くことに精神的・宗教的な価値を見出す文化的な土壌がないまま、「金儲けへの欲」だけで成長を目指してきたことの限界が現れているのかもしれない。

いずれにせよ中国の成長減速を象徴しており、共産党政権の運命も左右しかねない。

(*1) 中国情報局@北京オフィス「中国の社会問題『内卷』について。若者はどうやって生きていけば良いのか」(2021年6月1日付)
(*2) 田中信彦「中国の『996 問題』とは?労働問題から見える遠ざかるチャイナドリーム─カリスマ経営者も『炎上』─」(2019年4月26日付)
(*3)人民中国「鶏娃 やる気を注入された小学生」(2020年1月22日付)

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アジア太平洋交流学会会長・目白大学大学院講師

澁谷 司

(しぶや・つかさ)1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学などで非常勤講師を歴任。2004年夏~05年夏にかけて台湾の明道管理学院(現・明道大学)で教鞭をとる。11年4月~14年3月まで拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。20年3月まで、拓殖大学海外事情研究所教授。著書に『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる! 「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)など。

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