2022年10月号記事
特別版
ニッポンの新常識
軍事学入門 27
ロシア・ウクライナ研究の権威が語る
ゼレンスキーを大統領にした過ち
社会の流れを正しく理解するための、「教養としての軍事学」について専門家のリレーインタビューをお届けする。
松里 公孝
まずロシア・ウクライナ情勢を語る上で前提にしたいのが、日本ではウクライナに関する知識が完全に不足し、かつ一方的な情報が氾濫していることです。国連や国際人権団体アムネスティ・インターナショナルでさえ、ウクライナ軍の戦争犯罪を追及するようになっているのに、日本ではいまだに「ゼレンスキーは英雄」となっています。
実は我が国には、ウクライナ政治を専門にする大学の研究者は私を含めて4、5人しかいません。メディアに登場する研究者のほぼ全てはウクライナの専門家ではありません(例えばロシアやコーカサスの研究者)。さらにウクライナの問題を客観的に指摘すれば、「プーチンを擁護した」と批判される奇妙な呪縛も起きており、民主主義とは思えない異様な言論空間が広がっているのです。
戦争の原因はウクライナから離れたい分離紛争
特に異常なのが、ロシア―ウクライナ戦争の本質的な原因である「分離紛争」という側面に触れないことです。
2014年にウクライナでは、親露派政権が打倒され、親欧派政権が発足する「ユーロマイダン革命」が起きました。この際、親露派政権の打倒を目指して首都キーウ(キエフ)の広場に集まった右派民族主義者を中心とするデモ隊が突如狙撃され、数十人が犠牲になります(この事件は当時から革命派の自作自演説が絶えず、私もそう思います)。南部のオデッサでは、ロシア系住民が民族主義者の火炎瓶で焼き殺されるなど、マイダン革命は凄まじい暴力を伴ったのです。ロシア語話者が多いクリミア人や東部のドンバス人は、民族主義者の迫害を恐れてウクライナからの独立に動きます。これに対しロシアはクリミアを編入。ドンバスでは親露派勢力とウクライナ軍との間で内戦(ドンバス戦争)が勃発し、それが今回の戦争に発展しました。