「日本人よ、助けてくれませんか!(言葉ママ)」
8月初旬、記者が所用で新橋駅を訪れると、SL広場で黒いマスクをした若者たちが、涙声で叫んでいた。掲げられた「赤地に白い花模様」の旗と、たどたどしい日本語から、彼らが香港人であることはすぐに察しがついた。
香港における、「逃亡犯条例」改正撤回を訴える抗議活動は、血みどろの様相を呈している。警察は平和的なデモ参加者たちに、至近距離からゴム弾や催涙ガスを撃ち込み、倒れ込む人々や、警棒などで殴られ血を流す市民の姿も報じられている。
SL広場に立つ若者たちからは、現場の香港とつながっているような緊迫感がひしひしと伝わってきた。
「諦めたらそこで試合終了」
「香港で戦っている友達に、(日本人の)応援する気持ちをどうしても伝えたいです! 向こうはとても厄介な敵とは知っていますが、『諦めたらそこで試合終了』です! みんなの力がある限り、みんなと共にいるからこそ、勝てます! どうか我々に中国共産党と戦う勇気と力を貸して下さい!」
ある若い男性は、人気バスケットボール漫画「スラムダンク」のセリフを引用して訴えた。そこからは、強い日本愛と、無関心な日本人を振り向かせようとする努力がにじむ。
同時に際立っていたのは、彼らの半径10メートルより外が、あまりにも「いつもの新橋」だったということだ。屋外ビジョンから流れるCMの音、駅ホームの放送音、友人と待ち合わせをする女子大生、演説を遠目から撮影するサラリーマン、ムスッとした顔で話者の目の前を突っ切る老人──。
彼らは、何を感じながら、"冷めた日本人たち"に語りかけているのだろうか。素朴に知りたくなり、後日、改めて取材することにした。
「雨傘革命」で一度は見切った祖国
スラムダンクを引用していたのは、日本に留学している男子大学生。名前は明かせないので、以下Aさんと呼ぶ。
Aさんは2014年、「雨傘革命」に参加した。とはいえ、当時はまだ中学生。座り込みなど、危険のない形でデモに加わった。しかし、民主派が訴えた「自由な選挙」は実現せず、"革命"が失敗した絶望感は、深く記憶に残っているという。
「どうせ中国には勝てない。香港の未来は絶望的」
そう考えた少年は、将来は香港を出ることを決めた。その先に選んだのが、日本だった。小さいころから、「ドラえもん」や「進撃の巨人」などの漫画・アニメで親しみがあったことが大きな理由だという。
大学生となったAさんは無事、日本に留学。日本語を学びながら、北海道旅行など、日本を満喫していた。
「温泉が気持ち良かったし、海鮮も好きです」
生配信の先で戦う友人たち……
そんな中で始まったのが、「逃亡犯条例」改正反対の抗議活動だった。Aさんは当初、「また負けるのかな」と諦めの目を向けていたという。
しかし同時に、隙間時間は現地の状況を伝える生配信から目が離せなくなっている自分もいた。そこでは、昔の同級生や後輩たちが、デモに参加して、警察と戦っていた。
「どうして自分はあそこじゃなくて、日本で気持ちよく暮らしているのだろうという、罪悪感がありました」
ある時、友人が怪我をして入院したという連絡も入ってきた。またある時、デモに参加していた後輩の女の子に、身の安全を気遣う連絡をすると、「もう怖くない。犠牲は覚悟の上です」と返事が来た。
気持ちが、抑えられなくなってしまった。
「日本にいる私は、現地のデモには"参加"できない。でも、日本語を話せるなら、日本人にこのことを伝えるのが、私の役目ではないか」
こうして、同じような葛藤を抱える香港人留学生や、香港を支持する日本人や台湾人と連絡を取り合い、東京都内での演説活動をするようになったという。
「中国本土に、自由を教えよう!」
Aさんは演説の冒頭、「新橋の皆様、邪魔してしまい申し訳ございません(言葉ママ)」と、一言添える。しかしその言葉は、次第に熱を帯びていく。
「中国でSNSは使えません! フェイスブック、インスタ、ツイッター、ラインまでもが使えない。間もなく香港も、そんな場所になっちゃうんです!」
「もっとニュース見ようよ! せっかく自由があるのに!」
「日本人よ、見捨てないでください!」
「天国に行った仲間たちのため、一生治らない怪我をしちゃった仲間たちのため。彼らの分まで、頑張らないといけないんだ! 解放軍なんてかかってこい! 脅しなんて効いていません! 怖くないです! 彼らの犠牲は意味があることだと、香港人はここで世界に証明してみせます」
「香港はたった今、夜明け前の時間。空は一番暗いです。朝日はきっと私たちを待っているでしょう。僕はそう信じています!」
「これから積極的に、自由のよさを中国人に教えてやろうじゃないですか! 中国本土に、香港人が何のために行動しているのか、教えてやりましょう! 中国本土へ我々の信念を流出させましょう! 敵の内部から、噴火します! それこそ勝ち目があります! それは、日本の皆様も手伝ってもらえませんか!」
見て見ぬふりをする日本人、不快な目を向ける中国人観光客──。圧倒的な「アウェイ」の中、力強い演説を終えたAさんは記者にこう語った。
「こんなスピーチでも、少しでも力に……(声をつまらせる)。私はちゃんと自分の役目を果たしたかな……」
「日本を信じている」
香港人留学生たちを取りまとめ、お世話などをしているのが平野鈴子さん(25歳)。約2カ月間、彼らと過ごしてきた感想をこう語る。
「彼らは、祖国のためだったら死ねるという覚悟をしています。そんな子たちが、日本の原宿でタピオカを飲んでいる男の子、女の子と何一つ変わらないっていうのは……言ってしまえばショックでした」
平野さんも演説に加勢し、他の日本人に訴える。
「どうか香港に関心を持って下さい! 皆様が香港に関心を持つことが、圧力となり、香港を守る道筋になります。ここにいる子たちを、見殺しにしないで下さい! 今、(「逃亡犯条例」改正が)撤回されなければ、ウイグルやチベット、モンゴルのように、この子たちは収容所に入れられ、言論の自由もなく、殺されます!」
活動の様子をSNSで見つけた香港人からは、「香港と一緒に戦ってくれてありがとう。あなたのいる日本が大好きです」といった感謝のメッセージが何千件も寄せられたという。
「あの子たちも言うんですが、香港だけだったら勝ち目がない。香港 対 中国だったら勝ち目がないですから。でも、世界が香港側につけば変わる可能性は高い」(平野さん)
日本政府は今、香港情勢について静観を決め込んでいる。特に安倍政権は2020年春、習近平・中国国家主席を国賓招待する。"余計な口"は出したくないところだろう。
それでも、日本は最後、香港を救うだろうか──。そうAさんに尋ねると、こんな答えが帰ってきた。
「信じています。香港と日本はいい友達なので」
(馬場光太郎)
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