2019年10月号記事

国際政治局

Interview 01

日露「エネルギー同盟」から「平和条約」へ

中国の覇権主義を封じ込めるためには、日露関係の強化が不可欠。
中でも「日露平和条約」の早期締結が望まれる。交渉を前進するために
日本が打つべき手についてエネルギー専門家に話を聞いた。

(取材・吉井利光・幸福の科学国際政治局部長)

経済産業研究所
上席研究員

藤 和彦

プロフィール

(ふじ・かずひこ)1960年生まれ。通商産業省(現経済産業省)入省後、エネルギー・中小企業政策などに携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』など。

プーチン露大統領が2018年9月、安倍晋三首相に「年内の日露平和条約締結」を提案。両国の交渉が本格化した。

しかし、ロシア側から「日本に返還した北方領土を日米安保条約の適用除外とする」などの条件が出され、日本側も北方領土の帰属問題に固執しており、交渉は膠着している。

◆ ◆ ◆

──プーチン氏が年内締結を提案して、もう1年が経ちます。

藤氏(以下、藤): 日本の中東エネルギー依存度は石油ショックの時を上回り、9割に達しています。エネルギー安全保障と脱・中東依存を真剣に考えるべき時です。

そのためにも、私はサハリン南端と北海道の稚内を、海底の天然ガスパイプラインで結ぶのが一番いいと考えています(下図)。

北海道電力と道内の経済界がパイプラインのガスを使えば十分採算も取れますし、観光立国を目指す北海道の魅力がさらに高まります。

プーチン大統領は2016年12月の来日時から、日露をインフラでつなぐ強い意向を示していましたが、日本側が応じていません。おかしなことに、日本メディアもそのことをほとんど報じません。

平和に貢献したパイプライン

藤: 冷戦真っ只中の1970年代、西ドイツは、東欧諸国との関係正常化と、化石燃料の中東依存脱却のために、旧ソ連と天然ガスパイプラインを結びました。

このパイプラインは、東西ドイツの再統合や、旧ソ連と西欧諸国の架け橋にもなりました。今でも、ドイツとロシアの経済関係は緊密です。

40年前の西ドイツのように、アジアにおける経済協力の礎を、今度は日本と築きたいとロシアは考えています。

パイプライン建設で合意していれば、日露平和条約はもっと進展していたはずです。

ロシアも供給を止められない

──日本政府は、日露パイプライン建設には及び腰です。

藤: その議論は「ロシアに、ガスの元栓を締められるのではないか」という残念なレベルです。

実はロシアは、エネルギー供給に関して、欧州でも信頼されています。

2015年にトルコがロシアの戦闘機を撃墜して、ロシア・トルコ間の関係が悪化しました。

その際にロシアはトルコに厳しい制裁をかけましたが、ガスのパイプラインについては、一言も触れませんでした。

一方的にガスを止めたら、トルコはロシアのパイプラインを使わなくなります。それはロシアとしても死活問題です。せっかく建設したインフラが稼働せず、外貨の獲得手段がなくなることを意味するからです。

パイプラインで運命共同体に

藤: 日本は、共同経済活動としてロシアでの漁業や観光に取り組んでいますが、安全保障面で両国に問題が起きた時の抑止力にはなりません。

インフラには「相互確証抑制効果」(*)があります。ある意味で運命共同体としてのつながりを持つことが重要なのです。

──日露平和条約の締結に、アメリカはどう反応するでしょうか。

藤: トランプ大統領が表明する「日米安保条約への不満」は、見方を変えると日本の自由度が広がるチャンスではあります。平和条約締結に向けてメリットになるかもしれません。

日本が「ロシアとの取り決めがありますから、米軍基地は北方領土につくれません」とアメリカと約束できるかどうかです。

──北方領土は返還されますか。

藤: 領土問題の専門家ではありませんが、四島全面返還は現実的に無理ではないでしょうか。四島が日本に返還されたとして、どれくらいの日本人が住むかという問題もあります。

(*)パイプラインでつながれた関係国間は、破滅的な紛争を自制的に回避することを意味する。核戦略に関わる軍事用語「相互確証破壊」をもじってネーミングされた。

大局観を持った対露外交を

藤: 東アジアの安全保障を考えると、明らかに中国は強くなりすぎました。パワーバランスを是正するためにも、領土問題にこだわらず、日本は絶対にロシアと組むべきです。

──択捉島と国後島をロシアが軍事基地化することを日本は批判しています。

実はこれは中国への牽制にもなります。北極海航路に中国の船が進出することで、オホーツク海がロシアの内海でなくなっていることへの危機感があるのです。

ロシアは日本に対し、安全保障や地政学を考慮したビッグ・ピクチャー(大局観)で日露関係を考えてほしいと望んでいるのではないでしょうか。