《本記事のポイント》

  • もはや"映画"ではない「この世界の片隅に」の疑似体験性
  • 手加減のない取材が生んだ「アメリカン・スナイパー」
  • "聞く力"を「営業」「チームづくり」「商品開発」に生かすには?

ロンドンやニューヨークの美術館で開かれる、早朝の美術教室(ギャラリートーク)は今まで、観光客が多かった。しかし近年、背広を着たビジネスパーソンが、出勤前に顔を出すようになっているという。

世界有数の美術系の大学は、グローバル企業の幹部に向けた美術プログラムを提供し始めている。そこには、フォードやビザといった名だたる大企業の幹部が送り込まれている。

アップル社の創業者スティーブ・ジョブズもデザイン哲学を学んでいた。商品開発に芸術性を盛り込むことで、今世紀最大のヒット商品「iPod」「iPhone」を世に送り出した。

今、世界においても日本においても、経済における競争の局面が、「商品の機能の差別化」から「情緒の差別化」へと変化している――。社会の潮流を予測し、世界的なベストセラーになったダニエル・ピンク著『ハイ・コンセプト』は2005年、そう指摘した。

人々は、自分の美意識に合った商品や芸術性が高いものを所持し、精神的な高揚や満足感を得ることを求め始めている。

こうした付加価値を生み出す商品やサービスは、今までMBAで教えていたような、論理や分析のみで創造することが難しい。ビジネスパーソンたちは、より高度な芸術性や創造性が求められる時代となっている。

この傾向は、AI(人工知能)の発達で、さらに加速する。ロジカルな分析に基づく仕事は、コンピューターにシフトしていく可能性が高い。

本欄では、映画、小説、アニメーションなどにおける「ヒットが生まれた現場」に目を向ける。そしてそこから、ビジネスマンが仕事に「芸術性」「創造性」を加え、感動を創造するヒントを探っていく。

◆              ◆              ◆

(1) 映画「この世界の片隅に」制作の秘密とは――?

第5回は、映画「この世界の片隅に」から「聞き出す力」について考えてみたい。

本作品には原作漫画があり、それに魅了された片渕須直監督は、クラウドファンディングも活用して製作費を募り、映画を完成させた。

ストーリーは、主人公のすずという広島県・呉市に住む少女が結婚し、大人の女性へと成長していく姿を中心に展開する。戦前・戦中・戦後と戦争をまたぎながら、当時の人々の暮らしが細やかに描かれていく。

大規模な宣伝はできなかったが、口コミやSNSで話題となった。2016年の公開時に63館でスタートしたが、約2ヶ月で116館にまで広がり、現在(2018年7月30日時点)もロングランが続いている。今では累計400館を超え、累計動員数200万人以上という大ヒット作に化けたのである。

本作は数多くの受賞を果たし、「キネマ旬報ベスト・テン」の2016年度邦画部門第1位にも輝いた。そして2018年7月にはTVドラマ版も放映が始まっている。

片渕監督は「(作品を)自分たちの日常の空間だと思えるくらいまで自分に染み込むくらいまで、そこに暮らしたような感じを味わうくらいになろうと思ったんですね」(*1)と語る。

この思いを現実のものとするため、監督は広島にバスで通い続け、当時を生きた多くの人々に取材をし、資料や写真を集めた。70年前の天気、商店の品ぞろえとその変化、空襲警報の発令時刻など、可能な限りの情報を集めたうえで時代考証を重ね、徹底的にリアリティを追究した。

わずか3秒の広島市中島町の街角を描写するシーンでも、当時、実際に近所に暮らしていた婦人に繰り返し聴き取り調査をし、実際の作画を見せて確認・修正までして忠実な再現を心がけたという。

建物の色や看板の位置に到るまで何度も描き直し、街を行き交う住民も実在した住民を登場させるという念の入りようである。こうした制作過程を全編にわたって貫いた。

戦時体制で食材も配給となった暮らしの再現のため、当時の人々が口にしていた、たんぽぽの根や大根の皮の料理を実際の調理法でつくり、スタッフで味わってみることまでやった。

主人公すずの声優を担当した女優のんさんが「自分も一緒に生きているような気持ちになるのが魅力なのかな」と語るように、本作を観る人々は「映画を見てきたという気がしない。当時の人の横に立って家族の一員として時間を過ごしてきた気がします」という感想を抱き、当時の暮らしや戦争を疑似体験することができるのである。

気の遠くなるような作業の連続で映画製作に打ち込んだ片渕監督には、この作品に込めたある念いがあった。

監督は「戦争という暗い影がちらちらしているところで、日常的なささいなことのはずなんだけど、それがすごくかけがえのない光り輝くものであったということが分かるのではないか」とその信念を語っている。

(*1)NHK クローズアップ現代「映画『この世界の片隅に』"光り輝くかけがえのない日常"」より

(2) 映画「アメリカン・スナイパー」の徹底した取材

映画「アメリカン・スナイパー」(2014年公開。監督:クリント・イーストウッド)も、徹底した取材によるリアリティという点で、映画「この世界の片隅に」と通じるところがある作品だ。

本作は実在の米軍狙撃手クリス・カイルとその家族の物語である。戦争が「戦う兵士だけではなく、その家族をも巻き込んで何を犠牲にするのか」を克明に描き出している。

脚本担当のジェイソン・ホールは、主人公のクリス自身に取材を試みた。しかし無口なクリスは何も語ろうとしない。

そのうえ、取材時にクリスの近くいた軍人たちがジェイソンに汚い言葉を投げつけて絡んできた。幸いジェイソンは高校時代にレスリングの元チャンピオンで、相手をヘッドロックで撃退する。

それを見たクリスは「やるね。何を知りたい?」と言ってやっと彼を認めて心を開いてくれた。それがクリスの本心を聞き出す突破口になったという。

しかし、映画製作が後半にさしかかった頃、クリスが退役兵に銃殺されるという予想外の悲劇が起こった。映画は内容を変えることを余儀なくされる。

新たに脚本を書き直す必要に迫られたジェイソンは意を決し、葬儀の10日後、亡きクリスの妻タヤに取材をすることにした。

一方のタヤは毎日泣いて暮らしていた。「人生のどん底だった」という彼女だったが、「やるならいい映画にして」と語り、脚本の書き直しへの協力を惜しまなかった。

取材を始めたジェイソンは「僕は手加減しなかった。聞きにくい質問もしたよ」と語る。しかし彼は、映画の成功のために無神経な取材をしたわけではなかった。

ジェイソンは仕事の枠を超え、友人としてタヤに接した。彼女の悲しみを受け止め、時には深夜2時まで長電話に付き合うこともあった。こうした電話取材は、数百時間にも及んだという。

タヤが取材で語った内容は、映画の脚本全体を大きく変えた。主題さえも変わった。伝説の兵士が活躍するハッピーエンドの英雄物語になるはずだった作品は、戦地と家庭を往復する一人の男と家族の苦悩を描く伝記映画へと転じたのである。

アメリカの兵士を英雄的に取り上げる以前のストーリーのままであれば、アメリカ人は喜んだかもしれないが、はたして世界中で支持されただろうか?

映画「アメリカン・スナイパー」は、大切な家族をもつすべての人にとって、戦争による犠牲という真実を教えてくれる貴重な作品へと生まれ変わったのだ。

真の取材とは、相手の心の声に耳を澄まし、深い理解に達することではないか。そして互いに心を通わせ、表現する対象を深く愛することなのである。

ビジネスマンに活かせるヒント

"取材力"や"聞き出す力"は、ビジネスパーソンでも以下のように活用できる。

(1)「営業」の現場に取材力を取り入れる

営業人材育成に長年取り組み、250社5万人以上を指導してきたコンサルタントの鳥居勝幸氏によると、営業の秘訣は下記の3ステップにあるという(*2)。

「H」― Hearing = 問いかけて聞き出す

「P」― Proposal = 提案する

「C」― Closing  = 約束する

特に、「H」(聞き出すこと)が重視されており、商談の時間の6割前後は「顧客のことについて深く問いかけ、困っていることややりたいことを聞き出す」ことが大切であるという。

聞き出した内容に基づいて商品を「提案(P)」し「約束・契約(C)」するプロセスにもっていくことで成約率が格段に向上するという。

実際、高業績の営業マンほど「聞き上手」である。

例えば、紳士服のメンズプラザアオキの町田豊隆さんは、年間3億円売上という記録を何度もつくったトップ営業マンだが、「接客というのは、こちらから話をしすぎるのはよくないのかもしれませんね。よく情報を聞いてから話すことです」というのである。(*3)

(*2) 鳥居勝幸著『社長が意図した売上計画を完全達成する6つのツボ』日本経営合理化協会出版局
(*3)『プレジデント2003年9月29日号』

(2)チームの生産性向上に「聞く力」を活かす

2012年、米グーグルは人員分析部による、社員のチームワークの生産性を高めるための「アリストテレス・プロジェクト」を開始した。数百ある中から目標達成を遂げた生産性の高いチームを選び、その共通性を探ったのである。

しかし、業績の良いチームには目立った共通性がないどころか、正反対の仕事の仕方をしているチームさえあったという。

方法論には共通性がなかったため、「"規範"には共通点がないだろうか?」と考え、改めて調査するも、そこにも一定のパターンはなかった。

ただ、判明したことは、成功するチームは何をやっても成功し、失敗するチームは何をやっても失敗するということだった。しかも、不思議なことに、チームの生産性の高下は、構成メンバー個人の能力の高下に関係がなかった。

あきらめずに調査を続け、やっとわかったことは、生産性の高いチームはすべて、「チームの全員が、メンバーの一人一人の話に耳を傾けるようにしていた」ということだった。

例えば、一つのチーム内で、一部の人だけが話しまくっており、他のメンバーは黙ってそれを聞いてばかりいる集団は失敗するという。その逆に、チームメイトの全員がほぼ同じ時間だけ発言するチームは成功していたのである。

全員が発言できるチームでは、一人一人に対して敬意がはらわれており、発言しても馬鹿にされたりせず、耳を傾けてもらえるという安心感が共有されていたのだった。(*4)

(*4) 2016年3月10日付け現代ビジネス記事「"グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ"」

(3)「商品開発」に取材力を活かす

衣料を扱う某通販大手は、ある衣類の商品について顧客の声を聞き出し、「チクチクする」「ヒリヒリする」「赤くなる」といった苦情をキャッチした。

そこで、その衣類の素材をナイロン地から柔らかいサテン地にしたところ、数千万の売り上げアップにつながったのである。(*5)

「クレームは宝の山」とよく言うが、上記のように円滑な改善に結びつけることは意外に難しい。責任を追及され処罰される恐怖によって、苦情を隠したくなるのが人情である。

こうした弊害をとりのぞくためには、担当者の責任追及をせず、未来に向けて改善するための重要な経営情報としてクレームを即座に共有する組織文化をつくることが大切だろう。

組織として聞く耳をもつためには、勇気と経営改善が必要な場合もある。

現代はあふれる商品やサービスで、顧客の多くが「お腹いっぱい」である。しかもそれらをネットでたやすく検索でき、膨大な商品リストを吟味したうえで購入することができる。

こうした状況にある顧客の心を動かすには、価格競争をしかけたり、商品の機能を高めて差別化するだけでは及ばないことが多い。

「一人一人が本当に何を求めているのか」に耳を傾け、聴き出すところにこそ活路がある。そこに、「これこそ自分が求めていたものだ」と思ってもらえる商品やサービスとの出会いを提供できる道筋がある。

経営学の父ドラッカーは、リーダーの基本的な能力において、第一に必要なものとして「人のいうことをよく聴く意欲、能力、自己規律があげられる」と述べている。(*6)

今日から、今まで以上にまわりの人々の言葉に耳を傾けてみよう。そこに、新たな成功の道がみえてくるはずである。

(*5) 三室克哉、鈴村賢治、神田晴彦著『顧客の声マネジメント』オーム社
(*6) P.Fドラッカー『非営利組織の経営』ダイヤモンド社

筆者

内田 雄大

(うちだ・ゆうだい)京都造形芸術大学芸術学部卒。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ アソシエイト・プロフェッサーとして、「総合芸術論」等を教える。第6回「幸福の科学ユートピア学術賞」優秀賞(「プラトン芸術論の真相と現代的意義」)。筆名・小河白道で美術評論を執筆し、「幸福の科学ユートピア文学賞」において、2013年度から2015年度まで連続入賞を果たす。

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2017年1月19日付本欄 「君の名は。」が生まれた"部屋"【ヒット映画の仕事術に学ぶ。】

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