もう一度会いたい幽霊の話 死は永遠の別れではない

もう一度会いたい幽霊の話 死は永遠の別れではない

 

東日本大震災から8年が過ぎた11日、被災地をはじめ、全国ではさまざま追悼や慰霊の行事が行われた。

 

現代社会は、「霊」や「あの世」について語られることが少ないが、その部分への理解がなければ、亡くなった人々の魂や遺族の心を本当の意味で慰霊・救済することは難しいだろう。

 

今回、本欄では、「死は永遠の別れではない」ということを感じられる記事を掲載する。

 

(※2016年9月号本誌記事を再掲。内容や肩書きなどは当時のもの)

 

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2016年9月号記事

 

もう一度会いたい幽霊の話

死は永遠の別れではない

 

誰しも、幽霊には一度だって会いたくない。
しかし、もし、亡くなった自分の大切な人が、
自分を見守ってくれているとしたら───。

 

「母が亡くなったばかりなので、映画みたいな死後の世界がほんとにあったらいいなぁって思います」

 

これから友達と遊びに出かけるという、あどけなさが残る10代の男子学生は、渋谷で行った本誌のアンケートにこう答えた。

 

最近、ドラマ「お迎えデス。」や絵本『ママがおばけになっちゃった!』など、霊やあの世を扱う作品が増えている。映画「黄泉がえり」や「いま、会いにゆきます」などのヒット作もある。

 

「死」は、愛する者同士を無理やり離れ離れにする。どんなに避けようとしても、どんなにずっと一緒に暮らしたいと思っていても、あらがえないものだ。「死んだ後も霊として生き続ける」と信じる人にとっても、愛する家族と死別する悲しみは大きい。

 

しかし、その悲しみの中に美しい何かを感じるのも、人生の真実ではないだろうか。

 

 

気仙沼・石巻ルポ

 

被災者が語る「思い残す」霊たち

 

3・11から5年と4カ月。被災地では霊体験が後を絶たないという。
その地で、記者が感じたものとは。

(編集部 冨野勝寛)

 

津波で壊滅的な被害を受けた気仙沼向洋高校の校舎。

 

 

気仙沼の沿岸部に建設中の防潮堤。

 

津波の水位を示す浸水線。街のあちこちに設置され、津波の脅威を伝え続けている。

 

気仙沼の杉ノ下地区にある犠牲者の慰霊碑。周りにはほとんど何もない。

 ミサイルを落とされた後のような更地、4階に何かがぶつかり、壁がえぐられたままの高校の校舎──。テレビ画面からは伝わってこない、被災地の「リアル」に思わず息を飲む。

 宮城県気仙沼市と石巻市。共に3・11東日本大震災で大きな被害を受けた街だ。

 今回この地を訪れたのは、3・11後、被災地支援を続けていた、ジャーナリストの宇田川敬介氏から、「霊体験の話は被災地では日常のこと」と聞いたことがきっかけだ。

 同氏は、現地で耳にした霊体験を、近著『震災後の不思議な話』(飛鳥新社)にまとめている。「自分が死んだのかどうか分からない」とタクシードライバーに話して消えた若者グループの話や、女性の幽霊が姿を消した後、それまで何もなかった鳥居の下に子供の遺体が現れた話などが、リアルに描かれている。

 しかし、そんなに簡単に霊を見た人に会えるのだろうか──。

 

 

兄が遊びに来ている

 1日目は気仙沼。日が暮れかけたとき、1人のタクシードライバーに出会った。津波で兄が行方不明になったままの山田誠さん(50代仮名)だ。山田さんは、当時をこう振り返る。

「兄は震災当時、リフォームの工事をしていました。目撃者によると、兄1人だけが違う方向に行き、小さいお子さんを連れたお母さんを引っ張り走っていたらしいです。多分助けようとしたのでしょう。それっきり兄は見つかっていません」

 その後山田さんは、自宅である音を聞くようになる。

「庭の砂利の上や廊下を歩く足音を月に1回ほど聞くんです。確認しても誰もいません。聞こえるのは家族で私だけ。兄の家は、今誰もいないので、私のところに遊びにきているのでしょうか」

 2、3日目は石巻。津波で建物が流された南浜町や門脇町では、復興工事の作業員以外に人影はあまり見当たらない。ほとんど更地になった場所を一人歩いてみると、家族や友人に会えず、孤独にたたずむ霊の寂しさのようなものを感じる。

 夜、いつもなら5分で眠りに落ちる記者だが、なぜか心がざわめき眠れない。誰もいないはずなのに音も聞こえるような気がする。宇田川氏の「被災地で2、3泊していたら間違いなく霊を感じます」という言葉を思い出した。結局、寝付くまでに1時間以上かかった。

 

 

体が急に重くなった

 翌日、霊体験があるという情報を事前に得ていた、タクシードライバーの田中浩さん(40代仮名)に話を聞いた。

 話は、震災後、道にあるがれきだけが片付いたころのこと。

「その日は夜勤明け。津波で流された南浜町の自宅跡に行こうと思いました。まだ引いていない海水を避けるために、流された他人の家の土台の上をつたいながら、自宅の方に向かいました。その途中で、急に体が重くなったんです。吐き気がし、倒れるかもしれないと思うほどでした」

 直前まで、田中さんの体調は特に悪くなかった。

「何かにすがられた感じなんです。『無断で他人の家に上がってしまい申し訳ない』という気持ちで引き返しました。不思議なことに、高台の今住んでいる仮設住宅に戻ると治ったんです」

 2泊3日という短い期間だったが、掲載していない話を含めると、14件もの霊体験を聞けた。印象的だったのは、田中さんも前述の山田さんも霊の存在を普通のこととして受け止めていたこと。一方で、この世に「思い残し」があり、成仏しきれない霊の存在も垣間見た。

 被災地の「建物」の復興は徐々に進みつつあるが、「魂」の救済には、まだ時間がかかりそうだ。

 

被災地では徐々に建物の復興が進みつつある。

 

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タグ: 東日本大震災  津波  幽霊    追悼  慰霊  気仙沼  石巻  

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