乾選手を育てた、山本佳司・野洲高校サッカー部監督。

サッカーのロシアW杯が開幕した。1次リーグH組の日本は、19日にコロンビア、24日にセネガル、28日にポーランドと対戦する。

直前に行われた国際親善試合のパラグアイ戦では、4-2で日本が逆転勝ち。西野ジャパンが3戦目で初勝利を挙げ、本番に弾みをつけた。この試合で注目を集めたのが、2得点を決めたMFの乾貴士選手(スペイン1部リーグ・ベティス所属)だ。

乾選手は滋賀県・野洲高校時代、2005年度の全国高校サッカーで優勝した際には、チームメイトとともに、華麗なパスワークや創造的なドリブルで観客を魅了。「セクシーフットボール(魅せるサッカー)」と呼ばれたそのスタイルは、野洲の名を全国にとどろかせた。

今回は、その乾選手を高校時代に育て、現在も同高校のサッカー部総監督を務める、山本佳司氏のインタビューを紹介する。

(※2007年12月号記事再掲。年齢や肩書きなどは当時のもの)。

◆               ◆               ◆

世界を目指しているから結果として日本一

2005年度全国高校サッカー選手権大会 優勝
滋賀県立野洲高校サッカー部 監督

山本 佳司

(やまもと・けいじ)1963年、滋賀県生まれ。85年からのドイツ留学でサッカーに魅了され、帰国後の88年から滋賀県立水口東高校のサッカー部監督として指導者としてのキャリアをスタートさせる。97年、県立野洲高校サッカー部監督に就任。クリエイティブなサッカーを目指し、2003年度の第81回全国高校サッカー選手権大会ベスト8。05年度の第84回大会では、滋賀県勢として初の優勝を果たす。著書に『野洲スタイル』(角川マガジンズ)がある。

チームを率いて日本一になるということはある意味で、個人で日本一を目指すよりも難しい。自分がプレイすることと、人を動かすこととは求められる能力が違うからだ。

しかし、人を動かす力があれば平凡なチームでも強いチームに変えることができる。

サッカー歴がないにもかかわらず「セクシーフットボール」を標榜し、無名の県立高校を率いて全国の名門校を撃破。2005年度の全国高校サッカー選手権で優勝を果たした野洲高校の山本佳司監督に、日本一のチームをいかにしてつくりあげたかを聞いた。

◆               ◆              ◆

指導指針1:グローバルスタンダード(世界基準)を目指す

僕は日本体育大学のレスリング部出身で、周りにオリンピック選手が何人もいる環境だったので、世界を目指すという発想はごく自然なものだった。

だから、「野球は甲子園」「サッカーは国立」「バレーは代々木」っていう目標、これはショボいわけですよ。サッカーをやってるドイツの17歳はドイツ代表のワールドユースに出たいと思ってサッカーやってるんです。次はオリンピック代表、次はフル代表。最終的にはワールドカップのチャンピオンになりたい。世界一を目指している。

かたや、日本の17歳は、国立で優勝することだけを考えている。これは世界基準じゃないやんって。じゃあ、目標を世界基準に設定しようよ、世界に通用するサッカー選手になろうよと。だから、「野洲から世界ヘ」っていうのが僕らのテーマなんです。世界で活躍しているFCバルセロナのロナウジーニョがやっているノールックパスやヒールキックを何で真似したらあかんの? と。世界目指していて、逆算したら、そこにつながってくるわけですよ。

今までの高校サッカーでは選手権で優勝するために、常連校の国見(長崎)とか市立船橋(千葉)の真似をしていた。でも、僕らは「世界基準でサッカーすんねん」って。

指導指針2:ストロングポイント(個性、強み)をつかむ

一人ひとりの個性を徹底して磨いていくということ。これは魅力ある選手になろうということなんですが、たとえば、一人の女性がいて、お前はかわいいからアイドル、お前は顔はイマイチだけど歌がうまいから歌手、お前は歌がうまいし着物が似合うから演歌がいいなと、何で勝負するのかっていうことをはっきりさせる。それが一人ひとりのストロングポイントになるわけです。

優勝メンバーに、ドリブルさせたら日本一、でもディフェンスは苦手という選手がいたんです。でも彼の練習時間をドリブル50、ディフェンス50にしたら、普通の選手にしか育たない。ドリブル80、ディフェンス20にする。試合で、彼がドリブルで攻撃し始めたら、他の選手が代わりに、空いたスペースを埋めてあげる。

一人ひとりがストロングポイントを持って、チームのために自分の得意分野を発揮して、それをお互いに認め合う。個人の強みをみんなで引き立たせて、マイナスの部分はみんなで補い合う、これがチームワークです。平均点じゃないけど、それが個人個人の魅力になる。

全国制覇後、サッカー部の砂のグラウンドは、滋賀県の支援で人工芝に整備された。野洲高校の「セクシーフットボール」(魅せるサッカー)はここで磨かれている。

指導指針3:ポジティブシンキング(積極的思考)

すべての発想がここにくるのですが、例えば、ウチが全国優勝したチームの平均身長は168センチだった。私立のように有名な選手を引っ張ってくることはできないし、「いいなあ」と指をくわえていても何も解決しない。じゃあ、ウチは小さいから地上戦だ、陸軍だ。その代わりに足元の技術だけは負けない。そういうところを自分たちの長所に変えてしまおうと。そういうポジティブシンキングが大切なんですよ。会社に例えたら、野洲高は中小企業。経理なら経理、総務なら総務のスペシャリストを育てればいいんです。

また、これは「プレーヤーズ・ファースト」という考え方にもつながるんですが、常に選手を一番に考えるということ。選手のモチベーションが上がるようにする。たとえば、「ロングボールを蹴れ!」と選手を駒のように扱うのではなく「ロングボールを蹴るチャンスを逃すな!」と言うと、判断するのは君だ、信頼しているぞ、というメッセージに変わる。

同じことを伝えていても言葉によって伝わるイメージが違う。選手にストレスのかからない言葉をかける。そのために指導者はいちいち言葉を選ぶことになってストレスが溜まるんですけど、目標を達成するためには通らなければいかんこと。選手を育てるためですよね。

これはサービス業の人が、お客様にちゃんと満足していただけるようなサービスを提供するために適切な言葉を選ぶのと一緒ですよ。会社の上司と部下でもそう。サッカーであっても、社会であっても、結局は人対人の関係です。

もちろん、許してはいけないことはありますから僕も選手を叱ります。でも、それは責めたいのではなく、反省してほしいわけです。たとえば選手が自分に甘えている時は「自分に甘えるな!」ではなく、「甘えてる自分を許すな!」だと、「それでいい選手になれるのか? 」という問いかけになる。

指導指針4:脱マニュアル

日本人は"ちゃんと"教えるし教わります。自分の左から流れてきたボールは、右足のインサイドで止めたほうがミスは少ない、右からのは左のインサイドが確実という具合に。もちろん理にかなっている。でもそういうことを"ちゃんと"やってると、選手としてこじんまりしちゃうケースもある。サッカーは敵がいるスポーツですから、敵とのかけ引きがあって、状況によっては左から来たボールを左のアウトサイドでさばくことを自分で考えないといけない。

高校生がアルバイトで、少し研修を受けてハンバーガー屋の店員になることはできる。マニュアルを覚えれば「いらっしゃいませ」「ポテトはいかがですか? 」って。でも、熱い夏に大汗かいた客に、「ポテトはいかがですか? 」って聞いたら、客は「シェイク勧めろよ」と思うでしょ。シェイクキャンペーン中でも、大雪だったら逆に「そこはポテトだろ」となる。僕が育てたいのは、お客様一人ひとりのニーズにちゃんと応えられる老舗旅館の女将さん。

じゃあ、どうすれば育つのかと言えば、サッカーを大好きな選手にしていくわけですよ。そこで元をたどって、サッカーをやっていて何が楽しいかといえば、相手をドリブルで抜いた時、思っていたコースにボールが蹴れた時、相手を出し抜いてパスを出せた時。結局、技術なんです。テクニックというと「小手先」なんて嫌う人がいますが、技術があるからサッカーが楽しいんです。足が速いだけなら、最終的にシュートを外します。テクニックを磨くというのは、我々が勝つための術であり、選手が育っていく、サッカーが大好きであるためのもの。技術があるから楽しいんです。

世界を目指しているから結果として日本一

個々の選手が"老舗旅館の女将さん"なら、一人の選手がタマネギを刻み始めたときに、他の10人が「あっ、この切り方は、カレーライスだ!」と、それぞれがニンジンを切り始めたり、鍋を温め出したり、役割ごとに動き出すことができる。個性を養うことによって逆に補完し合って、タマネギの切り方一つで、みんなが完成させる料理のイメージを共有できるようになって、フィールド上で自らの判断で動けるようになる。

僕らが全国制覇したときのキャッチフレーズは「日本の高校サッカーを変える」だったんですよ。生意気なこと言っちゃいましたけど(笑)。でもそのキャッチフレーズは、目標の設定として「日本一」というものを超えているんですね。世界を目指しているから、結果として日本でも一番になったということなんです。結局、目標のレベルが選手やチームのレベルだと思うんです。だから「全国優勝するぞ!」だと、優勝したら終わり。「日本の高校サッカーを変える」だと、一つの大会でも終わらないわけですよ。

僕の夢は、レアルマドリードやバルセロナの人間が、野洲高校に選手を買いにきて、その彼が10番をつける。世界にイチローのことを知らない人はいても、バルサの10番のロナウジーニョを知らない人はいない。レアルやバルサの10番を野洲の選手がつけるんですよ。そんなことが実現したら、日本人の誇りですよね。

日本のサッカーが変われば、日本人が変わると信じています。そうすればあらゆる分野の日本人がもっと大きく世界へと羽ばたいていけるようになるはずです。世界の中で日本人が自信を持って生きていくということにつながるんですよ。

夢はかなうと信じていない人は、絶対に夢をかなえることができない。信じることができなければノーチャンスだし、そのための地道な努力も続けられるはずがない。誰かに笑われても、自分だけは自分の可能性を信じ抜くべきです。(談)

【関連記事】

2009年6月号 クジけない考え方 車椅子の運命を受け入れ、再出発──カマタマーレ讃岐監督・羽中田昌

https://the-liberty.com/article/625/