写真:代表撮影/AFP/アフロ、ロイター/アフロ

2018年7月号記事

編集長コラム Monthly  Column

6月12日に予定されていた米朝首脳会談は、5月24日、トランプ大統領が「中止」を表明した。

トランプ政権が求めていた「完全、検証可能、不可逆な非核化」について、北朝鮮が応じる意向が確認できないため、経済制裁などによって「最大限の圧力」をかけ、封じ込める路線に回帰する。

会談の中止は、アメリカや日本にとっていいことだったのか。

そのまま米朝会談が行われていた場合、どうなればトランプ米大統領の「勝利」になるかをシミュレーションするなかで、今回の会談中止の意味を検討してみたい。

トランプ政権は昨年、北朝鮮に経済的にも軍事的にも圧力をかけ続けていたが、最近は一転して「体制保証」や「経済支援」をちらつかせ、妥協に向かっているように見えた。「トランプ氏は金正恩・朝鮮労働党委員長の手玉に取られているのではないか」という懸念が、保守系の議員やメディアでも強まっていた。

この首脳会談の結果は、アジア全体の未来を左右するもので、トランプ氏は「神のごとき判断」を下せるかが注目されていた。

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(1)「段階的」廃棄を認める

会談は4つの結末が予想されていた。一つは、トランプ氏が「完敗」するパターンで、北朝鮮の核兵器とミサイルの「段階的」廃棄を認めた場合だ。1990年代や2000年代と同じように、核・ミサイル開発のための時間稼ぎを許すことになる。経済制裁は緩められ、金氏は体制保証される。

このケースは、トランプ氏が中間選挙の勝利を求めて目先の成果を焦り、粘り強い交渉ができなかったことを意味する。第二次大戦中、ルーズベルト米大統領が高齢と病気のため、朦朧としたなかでソ連のスターリン首相と会談し、ポーランドの共産化などを受け入れたのと同等の「敗北」にあたるだろう。

このパターンに近い結末となった場合、日本を攻撃できる北の短・中距離ミサイルや生物・化学兵器はそのまま残ると予想され、日本にとっても「完敗」となる。日本としては北に対抗し、独自の核装備に踏み切るしかない事態だ。

(2)「完全非核化」をのませる

ボルトン米大統領補佐官が強く主張していた「リビア方式」の核廃棄を北にのませることができれば、トランプ氏が「勝利」するように見える(*1)。

「リビア方式」は、アメリカなどが核関連施設を査察し、機材や技術をすべて国外に運び出す、2003~04年にリビアで実施した措置を言う。アメリカの言う「完全、検証可能、不可逆の非核化」で、金氏にはほとんど100%受け入れられないものだ。

しかし、4月の金氏と文在寅・韓国大統領との会談で合意した、朝鮮戦争(1950~53年)を終わらせる「平和協定」をアメリカも受け入れ、米韓同盟を見直すならば、話は違ってくる。半島からの在韓米軍の縮小・撤退が現実のスケジュールにのぼる。

金氏が主張する「朝鮮半島の非核化」は、「北朝鮮は核を放棄し、アメリカは半島から米軍を追い出す」ことを意味している。これが実現するなら、金氏が「リビア方式」を受け入れても"お釣り"がくる。韓国の文政権も「南北統一の偉業」に前のめりで、米軍撤退に同調する勢いだ。

金氏の"肉を切らせて骨を断つ"作戦が思惑通りに展開すれば、実質的にトランプ氏の「敗北」となる。ただ、トランプ氏にとっては「取引」であり、「負けた」という認識はないのだろう。

「共産主義は不幸だけ生む」

こうした「完敗」や「敗北」ではなく、「勝った」といえるための「神のごとき判断」というのは、どういうものだろうか。

トランプ氏は昨年11月の韓国国会での演説で、北朝鮮について「誰も経験すべきではない地獄」と非難した。その言葉通り、北朝鮮では世界最悪の人権弾圧が行われ、2500万人の国民が丸ごと牢獄に入れられているような状態だ。北をバックアップする中国も、同じレベルの監視・抑圧体制に近づいている。

トランプ氏は、「共産主義のイデオロギーは、世界のどんな所でも、苦痛と不幸だけしかもたらさなかった」と非難するほど、共産主義国嫌いだ(*2)。人権無視の唯物論国家の「悪魔の体制」は、地上からなくしていかなければならない、という信念がトランプ氏にはある。

「神のごとき判断」は、この信念を貫くかどうかにかかっている。

「悪魔の体制」を打ち倒す

歴史上で「悪魔の体制」を倒した政治指導者は、信念の固まりだった。

先の大戦でヒトラーの欧州支配と戦ったイギリスのチャーチル首相は、ヒトラーを「奈落の底からはい出した悪魔だ」といち早く見抜き、融和政策からの離脱と急ピッチの国防強化を訴えた。ナチス・ドイツの英侵略が本格化する直前に首相に就任し、アメリカとソ連を対独参戦へと引き込む。

そして、国民の多大な犠牲を払いながら、最後はナチス・ドイツを打ち倒した。

政治指導者が"悪魔を降す"には、1.悪魔の存在を見抜き、2.戦い抜く態勢を築き、3.包囲網をつくり、4.正義を貫いて自己犠牲的に戦う――ことが必要だ。

ソ連を崩壊させ、冷戦を終わらせたレーガン米大統領も、ソ連を「悪の帝国」と指弾したうえ、経済戦争、軍拡競争を発動し、英独日と包囲網を形成。アメリカも財政赤字を膨らませながらも、ソ連が財政破たんするまでその手を緩めなかった。

先の大戦で日本は、人種差別の世界を終わらせたが、これは欧米各国に棲む"悪魔"との対決だった。当時の日本の指導者は、欧米を「飽くなき侵略と搾取を行い、アジアの人々を隷属化」(大東亜宣言)したと糾弾し、立ち向かった。しかし、戦い抜く戦力は足りず、まともな同盟国もなく、本当に自己犠牲となり、無惨な敗戦を喫した。それでも、人種差別を世界から一掃した日本の「正義」は揺るがない。

(3)制裁強化で「無血開城」

トランプ氏は今後、北の「悪魔の体制」を倒せるだろうか。

トランプ氏はすでに北朝鮮について「地上の地獄」と判定している。金氏が「半島から米軍をなくす」ことを画策するならば、交渉を決裂させ、再び経済制裁を強める路線へ回帰するしかない。

そして、金氏が「抑圧・弾圧している国民を解放する」と改心し、亡命などの選択をするまで容赦しないことが肝要だ。クーデターの可能性も高まる。

トランプ氏の今回の会談中止の決断は、この路線に立ち戻ることを意味する。

その後は、アメリカが日本の敗戦時に強制したように、あらゆる武器を取り上げ、完全武装解除する。これでやっと北朝鮮の「無血開城」が実現する。

(4)武力制裁で金体制を崩壊

金氏が改心しないならば、経済制裁から武力制裁へと移行するしかない。

トランプ氏が今回、金正恩氏への手紙で、「当方のそれ(核兵器)は大規模かつ強力であり、私は使用される必要がないことを神に祈ります」と述べているように、いつでも武力制裁はあり得る状態だ。

その場合は、軍事境界線近くにある北の高射砲群や各地の軍事拠点をすべて破壊し、反撃させないようにする。米政権はそれが「可能」とシミュレーションしており、戦端が開かれれば、短期間で決着がつくだろう。

(3)、(4)のパターンで事態が進み、金氏の「悪魔の体制」を終わらせることができれば、ひとまずトランプ氏は「勝利」したといえる。

結局、トランプ氏が米朝会談の中止を決め、「決裂」したことは、ベストの選択だったということになる。

元寇や日露戦争前と同じ危機

問題は、(3)の「無血開城」や、(4)の武力制裁にあたって、中国が地上軍を出し、戦後の北朝鮮領域の統治をめぐって"陣取り合戦"が始まることだろう。

中国の習近平・国家主席は、金正恩氏を排除したうえで、北に新たに傀儡政権を建てようとすると予想される。それがうまくいけば、中国は北をほとんど自分の領土に近いものとして支配できるようになる。

そうすれば韓国の文大統領も、おそらく自ら中国の支配下に入っていこうとするだろう。それが今後、数年かけて朝鮮半島で起こる事態だ。

これは朝鮮戦争のとき、北朝鮮軍が米韓軍を半島南端の釜山に追い詰めた局面があったが、この時点で終結したような状態といえる。

日本は中国や北朝鮮と軍事的に対峙する最前線になる。歴史を振り返れば、鎌倉時代の元寇、近代の日露戦争の直前のような「日本存亡の危機」が目の前に現れる。残った北の短・中距離ミサイルなどに対し、日本は短期間で国防を大増強しなければならないだろう。

日本は武士道精神を取り戻せるか

トランプ氏が一歩一歩進める"降魔(ごうま)"を、日本は指をくわえて見ているだけでいいわけではない。

しかし、日本の歴代政権も大半の政治家も残念ながら、1.北朝鮮の「悪魔の体制」を非難しない。2.北の核を抑止する防衛力を持とうとしない。中身のある憲法9条改正をしない。「モリ・カケ」ばかりを叫ぶ野党も話にならない。3.対北包囲網に加わりつつも基本的にアメリカ頼み。4.当然、自己犠牲的に戦うことはない。先の大戦で人種差別主義を終わらせた武士道精神は見る影もない。

中国が朝鮮半島を支配下に収めることで、日本は歴史上おそらく最大の「存亡の危機」を迎える。日本が武士道精神を取り戻し、アメリカ頼みではなく、単独でも戦う態勢を築く以外にこの危機を乗り切ることはできないだろう。

(綾織次郎)

(*1)トランプ氏は「リビア方式」を否定しているが、リビアのカダフィ氏のように体制崩壊させることはないという意味で言っている。
(*2)2017年10月のトランプ氏の演説。

※本コラムは、「ザ・リバティ」2018年7月号の編集長コラムを5月24日の米朝首脳会談の中止発表を受け、一部加筆修正したものです。