つのだよしお/アフロ

《本記事のポイント》

  • 腹黒く"成功"する技を説いた『厚黒学』という危険書
  • 「矢柄切断法」「鍋補修法」を実践する日本の政治家
  • 欺く時は「仁義・道徳の衣」で……

ある男が、矢に当たった。

男は、矢尻が身体に刺さったまま、外科医に駆け込む。外科医は鋸を取り出し、矢の柄だけを切った。そして、治療費を請求した。

中国・清代の書物『厚黒学』に書かれた故事である。政治リーダーや官僚が、いかに腹黒く、人々を欺きながら"成功"していくかを説く書物だ。その内容の危険さに、一時は禁書になったこともあった。

何も解決せずに"前進"を装う

冒頭の故事は、「何も解決していないのに、さも物事を前進させたように見せる」ためのテクニックとして紹介される。「矢柄(やがら)切断法」という立派な名前がつけられている。

この「矢柄切断法」は、日本の政治家もよく使う。

安倍晋三首相が、2月9日に行われる平昌五輪の開会式に出席し、文在寅大統領と会談する意向を示した。日韓合意を誠実に履行するよう、文大統領に直接求める考えだ。北朝鮮を、日米韓で包囲しなければいけない時に、実に厄介な展開となっている。

そもそも韓国は、「日本に対する一切の請求権の放棄」を決めた日韓基本条約を踏み破った。日韓合意も踏み破ることくらい、目に見えていた。

安倍政権の「謝って金をやるから、もう慰安婦の話を持ち出すな」という着地は、“前進"として評価する向きもあった。結局は、問題の先延ばしに過ぎなかった。まさか自分の政権下で問題が再燃するとは、思ってもみなかったかもしれないが。

「従軍慰安婦という歴史のねつ造」が「矢尻」なら、「日韓合意」は「矢柄の切断」に当たる。

政府が本格的に議論しようとしている「憲法改正」も同じである。

「戦争放棄(第1項)と戦力不保持(第2項)を撤回するのは、反対が多いのであきらめます。代わりに、自衛隊について書き込みます」という安倍首相の案は、実際の国防体制を大きく変えることはないが(矢尻)、憲法改正という悲願は"成し遂げた"ことになる(矢柄切断)。

わざと大事にして"解決"する

『厚黒学』には他にも、世論を欺くテクニックが説かれている。政治ニュースへのリテラシーを見につけるには、いいテキストになる。

例えば、「鍋補修法」という技がある。

鋳掛屋が、水の漏れる鍋の修理を頼まれた。彼は、客が見ていない隙に鍋をかなづちで叩いて、さらに大きなひび割れを入れた。それを客に見せて、「油がくっついて見えなかったけど、本当はこんなに割れていましたよ」と言う。その上で修理をする。客は大喜びした。

こんな故事から引いてきた技は、「わざと問題を大事にしてから解決にあたることで、大きな仕事をしたように見せる」ものだ。

まず思い浮かぶのが、「豊洲市場問題」だ。小池百合子・東京都知事は、土壌汚染問題を大きな問題として、市場移転を遅らせた。そして、従来の都政を「ブラックボックス」「しがらみ政治」と印象付け、それを一掃する勢力として「都民ファーストの会」を立ち上げる。都議選で圧勝した。

少し前の例になるが、2015年の参院選でも「鍋補修法」は見られた。

安倍政権は、「消費税の10%への増税」を延期することを、公約に掲げた。そのまま公約にするのでは、「景気悪化を見通せなかった増税判断が間違っていた」と批判されかねない。そこで、「世界経済が、大不況に陥る可能性がある」と大騒ぎをした上で、"国民を救う勇断"として増税延期を決めた。

この「鍋補修法」と、先に紹介した「矢柄切断法」とを合わせて、『厚黒学』では「弁事二妙法」と呼ばれている。どちらも、国民はうっすら感づいていたことだが、名前をつけるとはっきり認識できる。

『厚黒学』のきわめつけは、「欺きのテクニックを実践する時は、必ず表面上は仁義・道徳の衣でおおい、あからさまに表現してはならない」と説いていることだ。

こうしたテクニックを、日本人も少しは勉強してもいいのではないか。使うためではない。政治家の言葉を聞いて、真意を見抜くためだ。そうすれば政治家たちも、「厚黒学」を使いにくくなる。

(馬場光太郎)

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