北朝鮮の核の脅威から目を離してはならない(後編)【HSU河田成治氏寄稿】
2023.02.19
《本記事のポイント》
- クリントン政権・トランプ政権の対北政策
- 北朝鮮有事のシミュレーション
- ウクライナ支援にのめり込めば、最悪の情勢をもたらす
河田 成治
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
北朝鮮は、18日夕刻、ICBMの発射実験を行いました。北海道西方の日本の排他的経済水域内に着弾したものと推定されています。
この発射について、北朝鮮の朝鮮中央テレビは、「火星15型」(ICBM)の奇襲発射訓練を行ったと報じました。
弾頭の大気圏再突入などが成功し、最終的な配備段階にあるのかどうかはまだ不明ですが、「奇襲発射訓練」という言い方は、アメリカ本土に届くICBMが実験段階から次のステージに入ったことの誇示ではないかと見られています。
現在、中国・北朝鮮・ロシアは連携を深めています。前編では、この点を鑑みて、ウクライナ情勢と東アジアの両者の動向を注意深くウォッチしていく必要がある点をお話ししてきました。
後編では、北朝鮮に対する過去の攻撃計画の経緯を振り返りつつ、今後北朝鮮が軍事行動を起こす場合にどう備えるべきか、またどのような攻撃があり得るのかについて、お話ししていきたいと思います。
クリントン政権はなぜ爆撃を思いとどまったのか
北朝鮮への攻撃計画は、クリントン政権に遡ります。
北朝鮮は1994年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言し、核開発に突き進んだため「第1次北朝鮮核危機」が起きました。
このときアメリカは北朝鮮の核開発を阻止しようと、寧辺(ニョンビョン)の核施設への空爆を計画していたのですが、計画実行の直前になってクリントン大統領(当時)は中止しました。その大きな理由は、甚大な被害規模でした。
クリントン元大統領は自叙伝で、「戦争も辞さず北朝鮮の核開発を止めなければならないと決心したが、戦争が起きた場合の被害に関して、はっと我に返るような報告書を受け取った」と述べています。
アメリカの統合参謀本部がクリントン大統領に報告した予想は、朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日間で米軍兵士の死傷者が5万2000人、韓国軍の死傷者が49万人、民間人の死者は米国人8~10万人を含む100万人となる。しかも戦争の費用は600億ドル、韓国経済の被害規模は1兆ドルにのぼるとの見積もりが含まれていました。
日本もアメリカに対する協力に難色を示しました。クリントン大統領は細川護熙首相(当時)との会談で、日本に対し燃料や物資・武器・弾薬の補給、朝鮮半島周辺での機雷掃海、情報収集、米艦防護、船舶検査など、1900項目にもおよぶ支援を、秘密裏に要請していたと言われています。
しかし日本の法制度が整っていなかったため、ほとんどの要請に対応できず、アメリカ側を落胆させたようです。
トランプ政権が行った"緊張緩和"とは?
トランプ政権時代の2017年にも、アメリカと北朝鮮は一触即発の状態に置かれました。
核実験やミサイル発射を繰り返した北朝鮮に対し、トランプ前大統領は国連総会で、「北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」と宣言。原子力空母を朝鮮半島周辺に派遣するなどして、緊張が高まりました。
ブルックス在韓米軍司令官(当時)は、「我々は当時、全ての軍事行動の選択肢を検討していた。先制攻撃や単独攻撃が実際に必要かどうかは別として、どちらの選択肢も検討する必要はあった」と述べ、「戦争に近づいた」状態だったと、回想しています。
トランプ氏は、最大限の圧力をかけて武力行使も辞さない意志を示しつつも、対話は歓迎するという硬軟織り交ぜた、巧みな外交スタンスを取りました。これが功を奏して金正恩氏は軟化。結果的には快挙と言える米朝首脳会談が開かれ、緊張が緩和されたのです。
アメリカが北を攻撃した場合に起こる被害とは?
1994年の第1次北朝鮮核危機から29年が経過し、現代では北朝鮮への攻撃はより困難であると見られています。
すでに核兵器を完成させ、またミサイル技術が格段に進んだ北朝鮮への攻撃は、当時と比べて比較にならないほどのリスクがあるからです。
1994年の米軍の攻撃目標は、寧辺の核関連施設のたった一カ所をピンポイントで空爆するというものでした。
しかし現在の北朝鮮の核関連施設は、地中深くに複数建設されています。またミサイルは移動式で迅速に展開できるので、位置を秘匿しやすく、米軍が一度に全てを破壊するのは困難だと考えられています。
北朝鮮との危機が迫っていた2017年に、ブルックス在韓米軍司令官(当時)は「金正恩氏が保有するミサイルは韓国の首都圏にとって大きな脅威」で、「北朝鮮の兵器システムを先制攻撃するのは難しい状況にある」と語っています。米軍の先制攻撃から生き残った北朝鮮の長距離砲やミサイルが、同時多発的に発射されることも予想に難くありません。
また韓国の国勢調査によると、1994年当時に韓国に住んでいた外国人は約5万人でしたが、2021年時点で約165万人と33倍にも膨れ上がっています。また、北朝鮮の国境線からわずか30kmしか離れていないソウルに住む外国人も、1994年の約1.4万人から2021年では約35万人と、25倍に増えています(*1)。
つまり有事になれば、94年の予測をはるかに超える死者と被害が想定されるのです。その中には、日本人を含む外国人の死傷者も多数含まれることになるでしょう。
少し昔の資料になりますが、米国防総省や国務省の元高官などの専門家による2005年のシミュレーション「North Korea: The War Game」(米「アトランティック・マンスリー」誌掲載)では、ソウルを守るためには、北朝鮮の軍事施設を先制攻撃する必要がある。そのため初日には、イラク戦争の5倍となる4000ソーティの爆撃(1日あたり4000回の出撃)が必要になる。しかし、この作戦は現実的ではないので、「おそらく48時間はソウルを守ることはできない」と分析し、ソウルでの死者は10万人程度になるという見通しを示していました。
最終的にアメリカは、日本や韓国と協力して北朝鮮を制圧することになるのは間違いないと思われますが、その過程で多くの死傷者が出て市街は破壊されることが予想されます。
(*1) KOCIS Population Census
北朝鮮有事のシミュレーション
(1) 米軍の先制攻撃が可能となる場合とは?
以上、お話ししてきたように、米軍が先制攻撃をしかけて、北朝鮮から核やミサイルによる反撃のいとまを与えずに叩き潰すことはたいへん難しいことです。
ではアメリカによる北朝鮮攻撃は、どのようなケースならあり得るのでしょうか。
それはアメリカの先制攻撃で一気に戦力を壊滅できる場合です。つまり、核攻撃、もしくは新兵器などが投入されるケースです。例えばステルス爆撃機で、地下貫通型の(核または通常)爆弾により、地中深くにある核施設などまで貫通させて攻撃し、金正恩氏を含む指揮系統および核施設を完全破壊できる場合です。
ミサイルが多少残存し生き残っても、指揮官不在では戦意を喪失すると考えられます。韓国や日本のミサイル防衛と併せて被害は最小限にとどまるでしょう。
(2) 北朝鮮が先に軍事行動を起こすシナリオも
台湾有事の兆候が見える中で、中国が北朝鮮に軍事的挑発や攪乱行動を要請するケースも考えておくべきです。この場合、日米は二正面作戦を強いられます。場合によってはロシアを加えた三正面作戦も強いられることになります。
この中国との「共同作戦」で日米韓がさらに混乱すれば、北朝鮮側には好機到来です。この機を捉えて、金正恩氏は自らの判断で韓国侵攻を起こしかねません。
この場合、中国の出方を見なければいけませんし、韓国および台湾防衛も同時に行う必要があるため、北朝鮮への攻撃作戦は困難を極めるでしょう。
最終的に北朝鮮が崩壊するにしても、その過程で多大な被害が発生する可能性があるのです。
ウクライナ支援にのめり込めば、日本にとって最悪の情勢となる
日本政府は昨年末の「国家安全保障戦略」で、「防衛装備移転三原則」を見直し、武器の輸出・供与を緩和する方針を明記しました。今年度中に自衛隊が保有する中古装備品の供与ができるように変更する予定で、戦車やミサイルも対象にすることが検討されるようです。
中国の脅威を受けるフィリピンやベトナムなどの防衛強化に役立つことは歓迎すべきですが、一方でウクライナに対しても武器供与ができるように、「紛争当事国への移転禁止」を改定することも検討されています。この改定により、日本からウクライナに対して、殺傷力を持つ武器が供与されるようになる可能性もあります。
ロシア・中国・北朝鮮・イラン・南米などの反米諸国の連携が進む中、日本政府がロシアを敵視し、ウクライナを武器供与においても支援することは、日露関係を回復不能なレベルに追いやってしまい、自殺行為に等しいでしょう。
日本にとっての優先事項は、北朝鮮の核ミサイルへの対処であり、また全体主義国家中国の拡張や侵略行為を止めさせることです。この点からも、ロシアを敵に回す行為を慎むべきです。
岸田首相は2月8日の衆院予算委員会などで、ロシアとの平和条約交渉の継続を繰り返し表明していますが、その度にロシアは反論しています。ザハロワ露報道官は10日に、日本が制裁に加わったため「我が国に対して露骨に非友好的立場を取り、国益を損じさせようとする国とは、平和条約交渉を続けるつもりはない」と、昨年3月のロシア外務省の声明を繰り返しました。
北朝鮮の核は最終的には軍事的に取り除かれる可能性もありますが、軍事的に北朝鮮が消滅するケースでは、日韓にも多大な被害が生じるリスクが高いと思います。
私たちは北朝鮮の路線変更を促し、平和裏に武装解除させ、共存、繁栄への道に入るような外交を模索すべきです。
そのためにはロシアを敵に回すべきではありません。今、トランプ前米大統のように、朝鮮半島の38度線に乗り込んで対話が出来るような、勇気あるリーダーが求められているのです。
HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の北朝鮮情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ )。
【関連書籍】
いずれも 大川隆法著 幸福の科学出版
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