2026年5月号記事
佐藤一斎『言志四録』から「人材の条件」を学ぶ
──天御祖神の武士道と儒教
「魂の光」を解き放つ真の儒者が求めた「道」とは──。

大川隆法・幸福の科学総裁は近刊『人材の条件』において「人の心というのはもともと、太陽が輝いていて、澄み切って輝いているものだ。それは天もほめるような心である」「この心の太陽を曇らせるものに、四つの悪がある」と説き、『論語』に記された「克・伐・怨・欲」を解説している(*1)。
「克」は競争心から生まれる心の曇り、「伐」は自惚れの心、「怨」は怒りや憎しみ、「欲」は金銭や地位、名声などへの貪欲を意味する。この四悪には「西洋型の、自己実現型のエリートをめざしているうちには分からないものが、どうしても入っている」と述べ、それを取り除き、「誠」を貫くリーダーとなる道を語った。
(*1)『人材の条件』
心の中の太陽を曇らせる「四悪」
実は、こうした考え方は江戸期の大儒者・佐藤一斎にもみられる。一斎は人の心の中に「霊光」が宿ると説いた。
「心の霊光は、太陽と明を並ぶ」「人心の霊なるは太陽の如く然り」(*2)
人は自省を極めた時、その霊光こそが真の自己だということを悟る。その輝きが現れた時、邪な想いは消え、闇の中で勝手に振る舞っていた妖怪は跡形もなく退散すると述べた。心を覆う四悪の「雲霧を掃いて白日を仰ぐ」ことを訴えたのだ。
孔子は「怪力乱神を語らず」と述べ、神や死後の世界について多くを語らなかったが、一斎はより霊的な教えを説いた。この記事では、その教えのなかに宿る霊的な真理を探り、本物の人材となる条件を探っていきたい。
(*2)本記事の一斎の言葉の書き下し文の出典は、川上正光訳『言志四録(1)~(4)』(講談社)
一斎は孔子の転生
一斎は1772年に岩村藩(岐阜県恵那市)に生まれ、安政の大獄が起きた1859年まで生きた。若き日に学問の道を志し、儒学の名門である林家塾に入り、塾頭となった。一斎は学界の頂点に立って多くの門弟を導き、幕府から昌平黌儒官に任じられる。今で言えば東大総長のような役職にあり、黒船が来航するころ、幕臣もしくは志士として活躍する人材を多数、育成した。
大川総裁を通して語られた一斎の霊言では、孔子の生まれ変わりだったという衝撃の事実が明かされている(*3)。
(*3)『心を練る 佐藤一斎の霊言』。本記事の一斎霊言はすべて本書出典。
※文中や注の特に断りのない『 』は、いずれも大川隆法著、幸福の科学出版刊。
天の心を知り 天に仕える
「心を練る」不朽の人間学
孔子の教えを天御祖神の教えに近づけた?























