ベートーヴェン(1770~1827年)は、音楽家として致命的な難聴となる中で、自らの使命を自覚することで、生命を絶つことを踏みとどまった。

人物伝 ベートーヴェン アナザーストーリー(前編)では、その経緯を詳細に伝えたが、今回の後編では、多くの試練が襲ってきた人生の意味、そして、その先で出会ったものについて見ていきたい。

「耳が聞こえずとも、やはり、壮大な、神の音楽の世界を、この世に伝えねばならない」

実は、大川隆法・幸福の科学総裁の霊言において、ベートーヴェンの霊は、自らの人生をこのように回顧している。

私は、現在、ベートーベンとして、世の人々から多少の尊敬を受けておりますが、その理由は、ただ私が素晴らしい曲を書いたことだけではありません。やはり、私が苦悩を乗り越えた人生を生きたことが、世の人々の胸を打っているのではないでしょうか。ある意味においては、『私の人生は苦行僧のような人生であった』ということであります」(『大川隆法霊言全集第39巻』幸福の科学刊)

そして、何度も海難に遭い、目が見えなくなっても仏法を伝えるために中国から来日した高僧・鑑真を例に挙げ、「私の人生もそうでありましょう。『耳が聞こえずとも、やはり、壮大な、神の音楽の世界を、この世に伝えねばならない』ということであったと思います」と述べている。

2026年1月号の本誌記事「ベートーヴェンと『インドの悟り』、そして『造物主』への祈り」では、47歳の頃、ほぼ完全に聴覚を失った危機の時代に、翻訳されたインド哲学書を読み、それを心の拠り所としていたことを紹介した。

造物主の心から分かれた魂が、この世に生まれた後、たとえ悪に染まっても、悔い改めによって再び神の心に回帰できる、と説いたインド哲学に共鳴しており、キリスト教神学が「人間は罪の子」と教えるのに対し、「人間が神性に近づく」という彼の発想は、インド哲学に近い。

試練を乗り越える力の源泉となったのは、神に造られた存在としての自覚

また、生前のベートーヴェンの手紙を見ると、一般的に欧州のキリスト教徒が使わないような表現が出てくる。悩んでいる知人にアドバイスした手紙では、仏教の「空(くう)」にも似た考え方が語られている。

「死は別に怖くありません。ただ、今死ぬのは可哀そうなカルル(*養育していた甥っ子)のために早すぎるのです」「あなたは今も非常に悩んでいられるらしいことが判りました」「こういう時こそその人の力が試されるのではないでしょうか。それはぶつぶつ言わないで耐え忍び、自己の空しいことを感じ、空虚なるものを通じて神があなたに与えられんとする完全なるものに再び到達するその力です」(小松雄一郎編訳『ベートーヴェンの手紙』下 岩波文庫)

さらに、ベートーヴェンにとって試練を乗り越える力の源泉となったのが、造物主・創造主信仰であり、神に造られた存在としての自己を自覚することにあったのではないか、ということが考えられる。