本欄の前編では、モーツァルト(1756~91年)が確信していた「目に見えないもの」や、所属するフリーメイソンに流れていた思想について焦点を当てて紹介した。

人物伝 モーツァルト アナザーストーリー(前編) 「永遠の生命の実在」を確信していた──所属するフリーメイソンにはヘルメス思想という「霊界の神秘思想」が流れていた

本誌2025年10月号「フリーメイソンとモーツァルト ─ 近代前夜に『至高の存在』を讃えた人々」も、一緒にお読みいただきたい。

今回の後編では、モーツァルトがオペラなどを通じて大衆に問いかけた、「愛」というテーマについて考えてみたい。

「自由恋愛」は、貴族階級よりも庶民に先に広がっていた──その理由とは?

人気を博したモーツァルトのオペラは、近代前夜に広がり始めた「自由恋愛」を描いた作品が多かった。

当時、貴族における結婚は、家と家との利害関係が重んじられ、子供という財産の相続人を生み出す仕組みとされていた。そうした時代に、自由な個人が愛の絆を結ぶ意味をモーツァルトは作品の中で訴えかけていく。

実は、当時のヨーロッパでは、「自由恋愛」は、貴族階級よりも下層階級(庶民)に先に広がっていた。

「結婚とは何より──人(男)と人(女)ではなく、家と家との結びつきであり、貴族階級では婚約の日に初めて相手と会うというケースがほとんどであって、数回の訪問と型にはまった会話の機会があるのみであり、見ず知らずの男女が結ばれるのが常だった」「キリスト教は『夫婦は愛し合うべし』としてきたが、それは結婚生活における『振る舞いの掟』のようなものであり、愛情は結婚するための不可欠の条件ではなかった」(岡田暁生著『モーツァルトのオペラ「愛」の発見』講談社学術文庫)

これに対して、庶民はもともと十分な財産を持っていない。また、庶民同士で交際する分には、問うべき「家柄」が存在しなかった。当時は、働いてお金を貯めて好きな男性と交際する女性も出てきており、「民衆の場合は、(編集部注:家同士の)利害が優先される度合いも少なく、若い男女がつきあう機会も多かったので、感情がそれにふさわしい位置を結婚生活の中で占めるようになった」という(前掲書)

こうした時代に、モーツァルトは、貴族が行う「家と家との結びつき」としての結婚を「金銭結婚」として嫌い、心から愛する女性との結婚を望んだ。