2024年9月号記事

Pick Up Movie

編集部がオススメする「今こそ観たい」映像作品。

「くちびるに歌を」

2015年

 

夢の舟よ進め──生涯忘れられない、小さな奇跡

【スタッフ】
監督:三木孝浩
【その他】
原作:中田永一、主題歌:アンジェラ・アキ
【キャスト】
出演:新垣結衣、木村文乃、桐谷健太、恒松祐里、下田翔大、葵わかな、柴田杏花、山口まゆ ほか

 

【レビュー】

長崎の五島列島にある中五島中学。クリスチャンのナズナは、毎朝通っている教会である女性と出会う。彼女は、産休に入る音楽教師・松山の代理として故郷へ戻ってきた柏木ユリだった。東京で活躍するプロの美人ピアニストという姿が、生徒たちには眩しく映る。しかし、柏木は冷たい態度で頑なにピアノを弾こうとしない。

不本意ながら合唱部の顧問になった柏木は、合唱の課題曲「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」の理解を深めるため、"15年後の自分へ手紙を書く"という宿題を部員たちに出す。唯一、手紙を提出したサトル。淡雪のような雰囲気を持つ彼の手紙には、儚く切ない覚悟が記されていた。部長のナズナも、自分の存在価値を見失いかけながら、亡き母のある言葉を支えに生きている。彼らの内面を知った柏木は、ピアノが弾けなくなった悲しい過去と向き合い始め、"誰かを幸せにする"ために、コンクールへ向けて部員たちと目標をともにしていく……。

劇中でも歌われた、少年少女たちの聖歌とも言うべきアンジェラ・アキの名曲が元となった本作。美しい五島列島を舞台に、15年後の自分との対話を通して、消えそうになりながらも力強く希望を紡ぐ、心温まる物語になっている。婚約者を事故で亡くし、自責の念に囚われている柏木。母を亡くし、父に捨てられ、生まれなければよかったと苦しむナズナ。自閉症で知的障害を抱えた兄を支えるために生まれた子であることを受け入れているサトル。重い課題を抱えた三人が、互いに相手の導き手となりながら、一緒に大切な人へ希望の歌を届けていくその姿に、人生の深い意味を感じる。また、コンクール会場のロビーで部員たちが歌う『マイバラード』が、次第に他校の生徒全員の合唱へと広がっていく場面は、美しい宗教的シーンを見ているようで涙を誘う。

ラストでは、上空に引いていくカメラが、柏木の乗る連絡船とその白い航跡を映し出していく。希望も不安もすべてが美しい思い出となっていく、とても情緒豊かな作品だ。

 

ザ・リバティWeb シネマレビュー

「くちびるに歌を」

(星5つ。満点は5つ)