《本記事のポイント》
- ディープフェイクの時代へ
- AIの政治利用は2024年の大統領選のかく乱要因に
- メディアリテラシーがないと民主主義の寿命が縮まる
米政府は21日、オープンAI社やグーグルなど生成AI(人工知能)の開発をする米主要7社と、AIの安全性を確保するルールを導入することで合意したという。各社のAIで作成した文章や映像、音声のコンテンツについて、「AI製」と分かるようにするとのことだが、自主的なコミットメントで、罰則があるわけではない。
こうした規制が急がれるのは、生成AIが、政治の世界でもかく乱要因になりつつあることに一因がある。
アルファベットの前CEOのエリック・シュミット氏はCNBCのインタビューで、「次の大統領選は、混乱の極みになるだろう。生成AIがつくり出す誤情報から、ソーシャル・メディアが我々を守ってくれないからだ」と述べて、警鐘を鳴らした。
すでにトランプ氏が暴力的に逮捕される映像がプラットフォームに出回るなど、人々が「見たい」と思っている映像が拡散されている。
ディープフェイクの時代へ
また「レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コバート」は、AIを使って米FOXニュースで高視聴率番組の司会者を務めていたタッカー・カールソン氏の声を偽装したが、その声はカールソン氏そのものだった。
他にも、ジョー・バイデン大統領の声を似せて、「彼が言わなそうなことや、言う可能性のあること」を偽装する番組も出てきている。まさに、ディープ・フェイク(*)の時代が到来しつつあるのだ。
加えて、民主・共和の両党においても、エンジニアが有権者にパーソナライズされた、キャッチ・コピーをつくったりするAIの開発にしのぎをけずっている。資金集めのためのEメールを作成し、送信することも、AIはできるようになってきている。
(*)AIを活用し、画像や動画、音声などの一部を結合させて、元とは異なるデータを作成する技術のこと
AIの政治利用は2024年の大統領選のかく乱要因に
問題は、AIがつくるものと人間がつくるものとを、人が簡単に見分けることができないという点である。
例えば2020年、アメリカの研究者セーラ・クレップス氏とダグラス・クリナー氏は、有権者からの手紙を装って、「AIが生成した手紙」と「人間が書いた手紙」を連邦議会議員に送付した。
AI作成の手紙に議員が返事を出す確率は、人間が書いた手紙に返信する確率よりも、わずかに2ポイント低いだけだったという。
つまり悪質な行為者が生成AIを使い、潜在的な有権者になりすまして、有権者から意見を聞き取る仕組みを悪用したり、相手陣営のスタッフの時間を浪費させたりすることができるのだ。
AIにはまだ誤りが多いとはいえ、言語モデルが発展するにつれて、我々の社会は"AIの侵略"にさらされることになる。
AIの政治利用に対する規制が行われなければ、2024年の大統領選は混乱を極めることになりそうだ。
AIは人の見解を変えるのか
もちろん「人は一般に考えられているほど、だまされやすくない」という研究結果も出始めている。
フェイスブック社の内部リークによると、アルゴリズムは、消費者を過激なコンテンツに導くことができたとしても、彼らが求めるものを変えるわけではないという。
アルゴリズムが消費者に商品を購入させるのに、それほど効果的でないとすれば、政治志向を変えさせることは、もっと難しいはずである。
メディアリテラシーがないと民主主義の寿命が縮まる
そうはいっても、生成AIが重大な争点逸らしに使われる可能性は多いにあり、政治の世界におけるAIの活用に規制をかける必要はあるだろう。
だが問題は、生成AIが登場する前から、ネット空間のみならず紙媒体においても、フェイクニュースで満たされていることである。
アメリカでは、バイデン政権の「プロパガンダ」により、トランプ政権の評判を落とすため「トリクルダウンはなかった」とサプライサイド経済学に対する誤解に満ちた報道が行われてきた。人々は「減税では、国民は豊かにならない」と信じ込まされている上、大型減税で経済成長が実現した事実も知らされていない。
この点のみならず、リベラル・メディアは連日のように誤情報をもっともらしく報道しているので、読者はAIが登場する以前に、ファクトを入手することができなくなっているのだ。
AIが誤情報をネット空間で溢れさせれば、大事な争点から国民の目が逸らされ、群衆が扇動されてしまう可能性は加速していく。
国民を同調させることができたら、重要な争点について討議を可能とさせる公的領域など、あっという間になくなってしまうのだ。
規制は必須だが、実効力のある規制がすぐに導入される見込みは高くない。
大量のフェイクニュースが出回る中で身につけなければならないのは、メディアが発信する情報を鵜呑みにせずに精査する力、つまりメディアリテラシーである。楽して機械に答えを出してもらおうとか、大量の情報に流されるだけでは、民主主義の主権者にはなれないのだ。
しかも大量の情報に埋もれては、孤独の中で内省する機会や、人間としての確信や意志の力をはぐくむ時間が奪われる。そうした波間に漂う人間をつくりやすく、扇動されやすい国民をつくるのもAIである。
AIはそもそも独裁政や官僚制とは親和性があり、民主主義を損なう可能性があるものだ。
民主主義という政治制度は極めて破壊されやすい。これを破壊する要素を多く抱えるAIの危険性を知って、そのリスクを最小化していく努力が求められる。
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