様々なメディア報道で既報の通り、中国が放った偵察気球が偏西風に乗り、カナダを通過し米上空に到達している。中国共産党は、我が国をはじめ、世界中に偵察気球を上げているという(*1)。なぜ、この時期、中国は(スパイ衛星を使用するのではなく)偵察気球を米国へ飛ばしたのだろうか。謎の多い事件だが、ここでは、主な4つの疑問点を取り上げてみよう。

その前に、基本的事実を押さえておきたい。普通、スパイ衛星は200km~1000kmの範囲で地球を周回している。他方、スペースシャトルや国際宇宙ステーションが飛行している高度はおよそ400km(大気圏内)で、外気圏は高度500kmを超える(*2)。今回の中国偵察気球の浮揚高度は20km前後であり、旅客機の飛ぶ約8km~12km前後の高度より高い。

(*1)2023年2月6日付「RFA」
(*2)「ファン! ファン! JAXA!」

なぜ今、気球が飛ばされたのか

さて、第1の謎としては、トランプ政権時代、中国偵察気球が米上空で3度も確認(*3)された。それにもかかわらず、なぜ、トランプ大統領は、北京に抗議するとか、偵察気球を撃ち落とさなかったのか。

あくまでも推測に過ぎないが、当時、米中関係にすでに軋轢が生じていたので、トランプ大統領は、これ以上、両国間の関係悪化するのを避けたのかもしれない。

第2の謎だが、なぜ、習近平政権は、ブリンケン国務長官の訪中直前のタイミングで偵察気球を"意図的"に米国上空へ飛ばしたのか。

トランプ政権時代、中国の偵察気球に対し、特に、抗議も撃墜もしなかった。そのため、ひょっとして、習近平主席はバイデン政権を馬鹿にしていたのではないだろうか。あるいは、中国共産党は、中国民間企業の気象気球が"誤って"米上空へ入ったと言い逃れできると考えていた(*4)のかもしれない。

他方、北京は、ブリンケン長官の訪中とからめ、ワシントンの反応を見ようとして、あえて偵察気球を(文字通り)"観測気球"として米上空へ送り込んだ可能性も捨て切れないだろう(一説には、実は、習主席も人民解放軍幹部もこの偵察気球については知らされていなかったのではないかと言われる)。

確かに、中国偵察気球が、米空域への浸透に成功して、ワシントンの面目をつぶした(*5)。また、仮に、気球で米国から重要情報を得られたならば収穫となっただろう。あるいは、北京は中国の技術開発が米国に追いついていることをワシントンに警告する試みだったかもしれない。

第3の謎として、バイデン大統領は、2月4日、サウスカロナイナ州沖合で中国偵察気球を撃墜した。だが、なぜ、もっと早く(例えば、米領空内<アラスカ州>直前のアリューシャン列島上空で)気球を撃墜しなかったのか。

実際、1月28日、ワシントンは中国偵察気球の存在に気づいていた(*6)という。ブリンケン国務長官の訪中が迫っていたので、撃墜の決断が遅くなったのだろうか。

第4の謎だが、なぜ、バイデン政権は、最新鋭のF-22ステルス戦闘機を使って中国偵察気球を撃墜する必要があったのだろうか。例えば、MIM-104ペイトリオット対空ミサイル・システム(最大探知距離は170km、最大探知高度は80kmという)等の対応でも十分だったのではないか。

一方、F-22はなぜ、最新鋭のAIM-9X(「サイドワインダー」<全長約3m、直径12.7cm>)で撃墜したのか。同ミサイルは、1発、約80万米ドル(約1億400万円)と高価である。おそらく、同ステルス機に搭載された20ミリ機関砲でも十分打ち落とせた(*7)はずだろう。

これは単なる憶測に過ぎないが、ワシントンは北京に対し、米国の軍事技術を見せつけるため、F-22のAIM-9X弾を使用したのではないか。あるいは、将来、台湾海峡での米中軍事衝突の可能性を見据えて、F-22で同弾を試射した公算もある。

本来、習政権は、ブリンケン長官の訪中を奇貨として、悪化した米中関係の改善を図る予定だったのではないか。そうしなければ、中国経済低迷からの脱出は難しい。今の経済の停滞は、将来、習主席の目指す台湾との武力統一にブレーキをかけるのではないだろうか。

それにもかかわらず、北京は偵察気球にこだわったのである。今後、この点の解明が待たれよう。

(*3) 2023年2月7日付「ウォール・ストリート・ジャーナル(中文)」
(*4)2023年2月4日付「VOA」
(*5) 2023年2月3日付「中国瞭望」
(*7) 2023年2月6日付「DW」
(*8) 2023年2月7日付「上報」

澁谷-司.jpg

アジア太平洋交流学会会長・目白大学大学院講師

澁谷 司

(しぶや・つかさ)1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学などで非常勤講師を歴任。2004年夏~05年夏にかけて台湾の明道管理学院(現・明道大学)で教鞭をとる。11年4月~14年3月まで拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。20年3月まで、拓殖大学海外事情研究所教授。著書に『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる! 「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)など。

【関連動画】

澁谷司の中国カフェ(YouTube)

https://bit.ly/3FhWU43

【関連記事】

2023年1月23日付本欄 中国発表のコロナ死に関する数字への疑問【澁谷司──中国包囲網の現在地】

https://the-liberty.com/article/20283/

2023年1月9日付本欄 なぜ中国でコロナが再流行しているのか? 【澁谷司──中国包囲網の現在地】

https://the-liberty.com/article/20225/

2022年12月12日付本欄 「白紙革命」と江沢民の死去【澁谷司──中国包囲網の現在地】

https://the-liberty.com/article/20133/