仕事や人間関係に疲れた時、気分転換になるのが映画です。

映画を選ぶ際に、動員数、人気ランキング、コメンテーターが評価する「芸術性」など、様々な基準があります。

アメリカでは、精神医学の立場から見て「沈んだ心を浮かせる薬」になる映画を選ぶカルチャーがあります。一方、いくら「名作」と評価されても、精神医学的に「心を沈ませる毒」になる映画も存在します。

本連載では、国内外で数多くの治療実績・研究実績を誇る精神科医・千田要一氏に、悩みに応じて、心を浮かせる力を持つ名作映画を処方していただきます。

世の中に、人の心を豊かにする映画が増えることを祈って、お贈りします。

今回は、逆境の中で苦しんでいる人に向けたものです。

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(1)「岳─ガク─」(★★★★☆)

まずご紹介するのが「岳─ガク─」(2011年、日本映画、125分)です。山岳救助隊が、厳しい自然の猛威の中で人間の未熟さを知り、遭難者の命を救うことで人間として着実に成長していく姿をリアルに描いたものです。

主人公の島崎三歩(小栗旬)は、世界中の名峰を登り、山をこよなく愛し、山を知り尽くした山岳救助ボランティア。

三歩は、自らの過失で遭難した者に対して、決して責めることはありません。山の素晴らしさを多くの人に知ってもらいたいと願っているためです。

たとえ遭難者が亡くなったとしても、その遺体に向かって「よく頑張りました」といった労わりの言葉を投げかける度量もありました。

そんな三歩の元に、北部警察署山岳救助隊に配属されたばかりの椎名久美(長澤まさみ)がやってきます。久美は、三歩の指導の下、厳しい訓練をこなし新人女性隊員として着実に成長します。

しかし、実際の救助では自分の未熟さや大自然の猛威により、遭難者を救うことができず、自信を失っていました。そんな折、猛吹雪の雪山で多重遭難が発生。救助に向かった久美を待ち受けていたのは、想像を絶する雪山の脅威でした。

この試練に、久美は打ち勝てるのでしょうか──。

現代日本の高ストレス社会では「心が折れる」という表現が氾濫しています。これに打ち克つ力は「レジリエンス」です。逆境に強い心とも言えます。

ポジティブ心理学の最新研究では、レジリエンスを養うには「思考の柔軟性」が必要で、厳しい状況であってもネガティブな面だけでなく、ポジティブな面を見出せるかが"鍵"になることが分かっています(イローナ・ボニウェル著『ポジティブ心理学が1冊でわかる本』参照)。

具体的には、レジリエンスを上げる5つの要素として、「感情のコントロール」「自尊心」「自己効力感」「楽観性」「人間関係」があります。自己効力感とは、「自分ならできる!」という自己信頼のことです。

本作「岳─ガク─」では、決してあきらめず最後まで粘り抜く「不屈の精神力」が学べます。また、レジリエンスに必要な「感情のコントロール」「自尊心」「人間関係」などがうまく描かれています。

「ここまでか!」と力尽きそうになった時、さらに"一押し"できる気力を持ちたいものです。

(2)「コーチ・カーター」(★★★★☆)

次にご紹介する映画は「コーチ・カーター」(2005年、アメリカ映画、136分)。バスケットボールを通して不良生徒たちを立ち直らせ、常勝チームへ育て上げる実話をベースにした「スポ根映画」です。

ケン・カーター(サミュエル・L・ジャクソン)がコーチを引き受けた時、リッチモンド高校のバスケチームは、前年度の成績が4勝22敗という惨憺(さんさん)たるものでした。

戦績が悪い原因として、犯罪が多い低所得者層の地域に高校があったことに加え、一番の問題は選手の意識にありました。

劣悪な街で育った彼らは、自分の将来を考えることもなく、仲間同士の抗争が絶えなかったのです。

カーターは、リッチモンド校のOBで、全米代表にも選ばれたことがありました。しかしコーチに就任した当初、選手たちは彼の言うことを聞きません。そこで彼は、まず3つの規律を守らせることにフォーカスします。

(1)学業で、決められた点数以上の成績を収めること、(2)授業にはすべて出席し、一番前の席に座ること、(3)試合の日には上着とネクタイを着用すること。この規律を守らなければゲームには出さないことにしたのです。

「腕立て500回、ダッシュ100本」などの過酷な基礎トレーニングから始まった練習により、カーターは徐々に選手たちの心をつかんでいきます。

そして新生したチームは、快進撃を始めます。ところが、選手たちは有頂天となり、負けた相手チームを小ばかにするようになります。加えて、規律で取り決めた学業成績に選手たちが達していないことが判明します。

カーターは、「契約した条件を満たすまで体育館を閉鎖する」と宣言。カーターの決断に街中から不満の声が上がり、マスコミが取材のために学校に押し寄せます。

そんな時、カーターはある行動に打って出るのです……。

カーターの強い信念のおかげで、選手たちは技術的に強くなるだけでなく、精神的にも大人になっていきます。心が折れやすかった選手たちは、カーターから本当の「自尊心」と「自己効力感」を学ぶことで、「レジリエンス」が強くなったのです。

(3)「舟を編む」(★★★★☆)

最後にご紹介するのは、2012年本屋大賞に輝いた小説の実写映画「舟を編む」(2013年、日本映画、133分)です。ある出版社の窓際編集部が、気の遠くなるような歳月をかけて二十数万語が収録された新しい辞書作りに挑む姿を描いています。

玄武書房の営業部に勤める馬締光也(松田龍平)は、真面目すぎてKY(空気が読めない)。職場で浮いた存在でした。精神医学でいう「アスペルガー症候群」です(詳しくは本連載第3回目で解説。 精神科医がおすすめする 心を浮かせる名作映画(3)─「他の人ができることができない」と悩んでいる人へ )。

しかし、言葉に対する卓越したセンスが評価され、新しい辞書『大渡海(だいとかい)』の編纂を行う編集部に異動となります。

崩れた若者言葉まで引ける『大渡海』は、見出し語が24万語という膨大な量があるため、完成には約20年かかると想定されていました。しかし、馬締は編集作業にのめり込んでいきます。

そんな辞書一筋の馬締にも、ある日、ひょんなことから好きな女性(宮崎あおい)ができます。何とかして自分の思いを彼女に伝えようとしますが、なかなかふさわしい言葉が出てこず手こずります。

そんな中、出版社の経営方針が変わり、『大渡海』の編纂作業にストップがかかります。幾多の苦難を乗り越え、果たしてこの『大渡海』を完成させることはできるのでしょうか……?

「レジリエンス」が強い人は、逆境に遭っても、「夢」や「目標」を持って忍耐し、一歩ずつ前進していくことができます。本作でも、辞書編纂という地味な主題ですが、明るく諦めずに努力する馬締の姿に感動を覚えます。

他には、以下のような映画がオススメです。

「ブロードウェイ・ブロードウェイ」(★★★☆☆)

伝説的ミュージカル「コーラスライン」の16年ぶりの再演に際して、オーディションに応募したダンサーたちの姿を捉えたドキュメンタリー映画。ニューヨークの街角に、世界各地からブロードウェイのオーディションを受けに集まったダンサーたちが列をなします。たった19人の募集枠を目指して集まった数は、なんと3000人!! 人間、まずは「夢」を持つことが必要ですが、それを実現するには、決して諦めない「持続力」と「忍耐力」が求められます。本映画は、それを身にしみて味わえます。

「奇跡のリンゴ」(★★★★☆)

不可能と言われていたリンゴの無農薬栽培を成し遂げた農家・木村秋則(きむら・あきのり)さんの波瀾万丈を描いた実話映画。私財をなげうち、10年以上の歳月をかけて無農薬栽培を成し遂げた木村さん。「奥さんの健康のために!!」という「利他の精神」があったからこそ、長い逆境に耐えることができたのでしょう。秋則さんの「愛に裏打ちされた忍耐の心」を学びたいものです。

幸福感の強い人弱い人

幸福感の強い人弱い人

千田要一著

幸福の科学出版

精神科医

千田 要一

(ちだ・よういち)1972年、岩手県出身。医学博士。精神科医、心療内科医。医療法人千手会・ハッピースマイルクリニック理事長。九州大学大学院修了後、ロンドン大学研究員を経て現職。欧米の研究機関と共同研究を進め、臨床現場で多くの治癒実績を挙げる。アメリカ心身医学会学術賞、日本心身医学会池見賞など学会受賞多数。国内外での学術論文と著書は100編を超える。著書に『幸福感の強い人、弱い人』(幸福の科学出版)、『ポジティブ三世療法』(パレード)など多数。

【関連サイト】

ハッピースマイルクリニック公式サイト

http://hs-cl.com/

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【関連書籍】

『人間幸福学のすすめ』

『人間幸福学のすすめ』

第4章 人間幸福学から導かれる心理学千田要一著 HSU人間幸福学部 編 HSU出版会

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