社長室には、自著の題名でもある「できるやんか!」という言葉を掲げる。

中井 政嗣

プロフィール

(なかい・まさつぐ)お好み焼チェーン「千房」社長。中学卒業とともに丁稚奉公を始め、1973年にお好み焼専門店「千房」を開店。国内外に69店舗を構えるチェーン店に成長させる。

大阪発祥のお好み焼きチェーン「千房」は、刑務所や少年院からの出所者、出院者を雇用している。職を持たない出所者の再犯率の高さを知ったことがきっかけだ。その後2013年には、企業が連携して出所者を雇用する「職親(しょくしん)プロジェクト」を開始。7社からスタートした同プロジェクトには、現在112社が参画する。

中井社長に、出所者雇用に込める思いを聞いた。

今回は後編。

◆ ◆ ◆

難波にある千房エレガンス戎橋店。

中井政嗣社長(以下、中): 出所者雇用を始めた当初はことごとく失敗しました。ですが、定着率が徐々によくなっています。

「君を採用したということは、君だけと違うんだ。後に続く者のために成功事例を作らなあかんねん。それによって社会の偏見が緩和される」

このように、採用した人の「責任感」に語りかけ始めたことで、定着率が上がってきました。

2013年に7社でスタートしたプロジェクトですが、今では112社参加くださっています。いずれは、大手企業や上場企業も出所者を受け入れるような、そんな時代が必ず来るやろうなと思います。

縦割り行政に風穴を開けた

中: 職親プロジェクトによって、行政のあり方にも変化が出てきました。

刑務所や少年院は、法務省の矯正局が管轄しています。ところが、一歩外に出た後は法務省の保護局の管轄なんです。以前までは、両局間の情報共有はあまり無かったようです。矯正局は、刑務所を一歩出ればその後どうなっているか分からない。保護局は、中に入っている時に何をしていたのかが全く分からない。そんな状態でした。

その両局の間に、職親プロジェクトが入ってきたんです。2カ月に1回、「職親プロジェクト連絡会議」といって、参加企業や参加希望企業、マスコミを含めたオブザーバー、矯正局や保護局などの行政が一堂に会する会議があります。

そこで矯正局の方は、職親プロジェクトで採用された出所者が、お茶出しや椅子の整理など真面目に頑張っている姿を見ることができます。以前はできなかったことです。

また、民間が積極的に採用し始めたことによって、刑務所内の空気も変わってきたようです。それまでは、内定者が出ても他の受刑者からやっかみを買わないように伏せていました。ですが、職親プロジェクトの活動が広がっていく中で、民間からの採用が、他の受刑者にとっても大きな励みとなることが分かった。今では、内定者が出た際には、刑務官も含めて皆で祝福するといいます。刑務所も一体となって、再犯防止の成功事例をつくりたいと動いています。

――民間の力が、行政を変えていっているんですね。

中: 今、刑務所や少年院での職業訓練の見直しもしているところです。

木工や溶接や板金など昔ながらの職業訓練をしても、就職にはつながりにくい。なので、「こういう訓練をさせてください」と行政側にお願いをしているところです。例えば、ある女性刑務所では、刑務所の一角にホテルの一室をそのまま設置しています。そこで、ベッドメイキングやバス、トイレ清掃などの訓練をさせるんです。こうした訓練を終えた人を優先的に雇用するという試みが始まりました。

千房でも、少年院でのインターンシップを始めました。少年院に入っている子が、教官の保護の下、お店で働く。1日体験をした子が「千房さんで働きたい」と言って、仮出所後に、大学に通いながらうちでアルバイトしています。卒業後は、社員になる予定です。

――中井社長が以前話された、「反省は一人でもできるけど、更生は一人ではできない」というお言葉が非常に印象的でした。

中: もっと言えば、未来が変われば過去も変わるんです。先ほど、過去の事実を変えることはできないと言いましたが、実は、未来が変わったら過去も変わる。これはどういう意味かと言えば、「昔、橋の下に住んでました。今、御殿に住んでます」という場合、橋の下での経験が活きてくるんです。「昔、御殿に住んでました。今、橋の下に住んでます」だったら、御殿住んでる時何してたんってなりますよね(笑)。未来が変われば、過去もその糧として活きてくる。普通の人は体験しようもないことを経験してきたことが活きてくるんです。

そういう人生を生きていこうじゃないかと。

――雇用によって、人生をやり直すチャンスを提供されているんですね。

「経世済民」の字を書く中井社長。

中: 日本には、昔から「おすそわけ文化」というのがありました。幸せを分かち合い、悲しみや苦しみをいたわり合う、支え合うという文化です。なので、私がしていることはそんな大層なことではなくて、「同じ人間なんだから、支え合って一緒に幸せになろう」って言っているだけのことです。

加えて、「経済」という言葉は「経世済民」を省略したものです。本来の意味は、「世をおこし民をすくう」。「経営」も仏教から出ている言葉で、「お経を営む」と書いてあります。つまり、経済も経営も、ただの一文字も「お金儲け」とは書いてないんです。

まだまだ、「世をおこし民をすくう」「お経を営む」という域には達していませんが、45年間、「一人ひとりが大事だ」という思いで、会社を経営してきました。

お客様のご満足なくして会社の発展はなく、従業員の幸せなくして会社の発展はない。そして、会社の発展なくして従業員の幸せもない。お客様のご満足、従業員の幸せ、会社の発展。この3つが成り立ってこそ、初めて会社が発展していきます。

今後、私どもの取り組みに賛同してくださる方がさらに増え、一つの社会の大きなうねりとなっていくと信じています。

◆ ◆ ◆

昨年12月から、店舗でスタッフとして働いている。

中井社長に取材をした5日後、昨年12月に千房に入社したという30代男性の出所者(Cさん)に電話取材をすることができた。

――差し支えなければ、千房に入社されるまでの経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか。

Cさん(以下、C): 前の職場で売上金を取ってしまい、窃盗罪で刑務所に入りました。職親プロジェクトの存在を知ったのは、刑務所にいる時です。千房の方との面接後、採用していただきました。仮出所という形で、千房の店舗での勤務を始めました。

所内で中井社長の本も読みました。その中に、辞職しようとする社員の方を引き留めた経験が書かれていて、「ここまでするんやなあ」と、中井社長の温かい心に感銘を受けました。

――面接の際には、どのようなお話をされましたか。

C: 今後、どういう風にやっていきたいかや、何故この仕事を選んだかということを聞かれました。前職も接客業で接客が好きなので、ぜひ千房さんで働きたいとお伝えしました。

後日、採用通知が届いた時には本当にホッとしました(笑)。

――千房で働く前と後では、ご自身はどのように変わられましたか。

C: 捕まる前はギャンブルにつぎ込んでいて、金使いが荒かったです。今は、住む場所も仕事も提供していただいています。同じような過ちを繰り返して迷惑をかけたくはありません。

――現在、刑務所や少年院にいる人に向けてのメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。

C: もし、自分の人生に絶望している人がいたら、やり直せるということを伝えたいです。

――中井社長や、千房でともに働く上司・同僚の方々にお伝えしたいことはありますか。

C: 中井社長に対しては、雇っていただいたことへの感謝の言葉を伝えたいです。

従業員、同僚の方もいい人たちばかりで、私が出所者だということを知った上で特別な扱いをせずに普通に接してくださるのが、本当にありがたいです。

――将来の夢や希望はありますか。

C: いつになるか分かりませんが、将来的には自分の店を持てたらなと思っています。千房で働く中で、そういう飲食店のノウハウを学んでいきたいです。中井社長や、お世話になった方々に喜んでもらえるような人生を送りたいです。

(聞き手:片岡眞有子)

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