2014年1月、ヘリテージ財団にて、「経済自由度指数」について講演するムーア氏。

安倍晋三首相は先週の臨時閣議で、消費税率を来年10月1日に現行の8%から10%へ予定通り引き上げる方針を表明しました。社会保障制度を全世代型に転換する財源を確保するための増税だと説明していますが、日本経済への影響は必至です。

アメリカの経済政策に詳しい専門家は、日本の増税政策をどう見ているのでしょうか。レーガン政権で経済ブレーンを務め、トランプ政権の大型減税法案の立案者の一人でもあるエコノミストのインタビュー記事を紹介します。

(※本記事は、2018年5月号の本誌記事の抜粋・再掲。肩書きなどは当時のものです)

Expert Interview

財政再建には、減税による経済成長しかない

トランプ大統領の経済政策アドバイザー

スティーブ・ムーア

プロフィール

Steve(Stephen) Moore 1960年生まれ。イリノイ大学を卒業後、ジョージ・メイソン大学で修士号を取得。レーガン政権の経済政策立案者の一人。ヘリテージ財団の名誉フェロー。大統領選挙中に、トランプ氏の経済政策のシニア・アドバイザーを務めた。2017年12月に成立した大型減税法案の立案者の一人。共著に『増税が国を滅ぼす』(日経BP社)、『Return to Prosperity』等。『トランポノミクス』(下)は、10月発刊予定(日本語版未定)。

── トランプ政権の大型減税が米経済に与える影響について教えてください。

ムーア氏(以下、ム): 私はトランプ政権の減税政策を立案しました。

この減税政策のおかげで、アメリカへの投資が増え、多くのビジネスが生まれ、建設業、製造業、炭鉱業などで雇用が増え、3月半ばまでに、約300万もの雇用が生まれています。アップルもアメリカに約3兆円を投資すると言っています。すでに多くの企業が従業員に約10万円から20万円のボーナスを支払っています。トランプ大統領が目指していた「世帯当たりの所得の上昇」も実現しています。

また、3月初めに発表された新規失業保険申請は、1969年以来、最も少ない件数になりました。これは素晴らしい業績です。

30年ぶりに景況感が高まっています。トランプ氏は、経済成長に対する自信を取り戻してくれました。米経済に新たな活気が生まれています。

──トランプ政権は1兆5千億ドルのインフラ投資について、政府が2千億ドルを提供し、残りは民間が出すとしています。

ム: 民間部門の資金でインフラ投資を行うというトランプ氏の考えに、私は好感を持っています。

現代はスペースX社のイーロン・マスク氏など、民間が宇宙空間にも進出している時代です。私たちが必要としているインフラの多くを税金で賄うべきではありません。配電網やガスのパイプラインなども民間部門の資金で建設される方がよいでしょう。道路の整備も税金で一律に集めるのでなく、使う人たちから通行料を徴収する形がよいのです。

でも米民主党の人たちは、ルーズベルト政権のように政府が税金で賄うべきだという考えにこだわっています。

消費増税はすべきではない

──日本は来年秋に消費税の増税を予定しています。

ム: 増税ほど無責任な選択はないと思います。過去の消費増税も間違いでした。今の日本に必要なのは経済成長です。経済成長するためには、生産コストにかかる費用を下げることです。そうすれば、諸外国に対して競争優位に立てます。ですから消費増税は間違いです。

さらに、アメリカで大型の減税法が成立した結果、日本は世界で最も法人税率の高い国の一つになってしまいました。このままでは企業の海外流出と雇用の減少が続くでしょう。日本が競争力を維持するためには、法人税や所得税を下げるのが妥当だと思います。

賃上げは生産性の向上と連動

──安倍政権は、企業に「社員の賃金を上げたら、法人税を下げてあげます」と提案しています。

ム: 企業は政府とそうした約束をすることはできません。賃金の上昇は、生産性と直接結びついているからです。従業員が生産的であれば、給与が高くなります。日本が豊かな国になったのは、従業員の教育や技術のレベルが高かったため、よいモノやサービスが提供でき、生産的になったからです。

税率を下げると、多くの事業で投資が行われます。従業員の一時間当たりの生産性が向上し始め、企業は従業員に多くの給与を支払えるようになります。アメリカでは、最低賃金を2ドル上げる企業も出てきていますが、政府が企業に「もっと支払え」と要求したからではありません。企業に命令を出す必要はなく、減税すると自然にそうなるのです。

財政赤字脱却のカギとは?

──巨額の政府債務をかかえているため、日本政府は減税を渋っています。

ム: 日本は長らく巨額の政府債務に悩まされてきました。それは税金が低いからではなく、経済成長がないからです。財政を均衡させる最良の方法は、経済成長しかありません。「一に成長、二に成長、三に成長」です。

トランプ氏は、雇用を増やして仕事をしてもらうことで、福祉を受ける国民ではなく、税金を払う国民を増やそうとしています。多くの人が働けるようになるほど、政府の歳入が増えます。

ラッファーカーブ(*)にある通り、税率を高くすると、歳入が減ってしまいます。減税をすれば、短期的に財政赤字は増えるかもしれませんが、中長期的には、経済成長によって財政赤字の問題は解消していきます。

(*)高すぎる税率は税収を減らし、税率が低くなれば成長率は上がり、税収が増えることを示した。この理論は「ラッファーカーブ」と名付けられ、1980年代の世界的な減税の流れをつくった。

年金改革のあるべき姿

──アメリカでは社会保障に関する政府支出が予算全体の3分の2を占めています。

ム: 日本と同じでアメリカも高齢化の問題を抱えています。平均余命も伸び、昔より健康に退職後の人生を過ごす人たちが増えています。

1946年から64年までに生まれた、私のようなベビーブーマー世代が退職していくと、65歳以上の高齢者は2030年までに7100万人になると言われています。この人たちが退職後25年から30年も、政府の給付金に頼ることは後世にツケを遺すことになると思います。ですから、どこかの時点で、退職する年齢を上げなければないけません。これは、多くの人の賛同を得られる方法だと考えますし、日本もそうすることが賢い選択ではないでしょうか。

もっとも私は、政府が老後の年金を提供するシステムよりは、個人が自分の年金を積み立てるシステムのほうがよいと考えています。そうすれば国民は自分がもらえる年金の額を知ることができます。

議会はこの方法に抵抗しています。しかし従業員にとって自分で積み立てをする方が、退職時の所得額が今よりも大きくなるので良いのです。

2018年1月の一般教書演説後のレセプションにてトランプ大統領と共に。右がムーア氏、左は3月に国家経済会議委員長に就任したラリー・クドロー氏。写真:Official White House Photo by Shealah Craighead

──累進課税の問題点について教えてください。

ム: 「高い税金を課せば、もっと税収が増える」という間違った"信仰"を持っている経済学者が多くいます。しかし、現実は逆です。累進課税は、経済を傷つけ、経済成長を減速させます。なぜなら、起業家や成功している人たちを罰することになるからです。

経営者は悪党ではなく、ヒーローです。私の父は、週に70時間も働いて多くの従業員を雇えるような会社を一代で育てました。そんな人を悪党呼ばわりしたらアメリカは衰退してしまいます。リベラルの人たちはこの点が理解できていないのです。

ですから、アメリカにとっても、日本にとっても理想的な税金のシステムは、すべての人に一律に課税をする「フラット・タックス」です。

一定以下の所得の層には控除を認め、すべての人が例えば20%のフラット・タックスを支払うなら、複雑な税金のシステムが簡素化され、納税の手続きが楽になります。

減税法案の成立でアメリカでは、税のシステムがもう一段、フラット化しました。フラット・タックスが実現したら、私は、安心してリタイアできます(笑)。

──サッチャー元英首相やトランプ大統領は、自己責任や自助努力を大切にするメソジストの信仰をお持ちです。個人の自由を実現する上で、信仰は重要な要素だとお考えですか。

ム: 私は個々人が自己責任を持ってもらうために信仰が大切だと思います。自己責任のない個人の自由では、絶対にうまくいきません。

政治の世界では、ジェンダーや民族や性的志向など、抑圧されたグループがそれぞれに社会問題を解決しようとする「アイデンティティ政治」という考えが主流となっていますが、これは個々人の判断を放棄させるため、自己責任の考え方と正反対のものです。自己責任の原則によって、人は、自分や家族のために頑張ろうというやる気が生まれてくるのです。