イスラエルvs.ハマス ハマスはなぜ奇襲攻撃を仕掛けたのか? (前編)【HSU河田成治氏寄稿】
2023.10.15
《本記事のポイント》
- 用意周到に準備されたハマスによる奇襲攻撃
- 危惧されるガザ地区での大量の犠牲者
- ハマスが攻撃に至った動機を検証する
河田 成治
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
10月7日の早朝、パレスチナのガザ地区の武装組織ハマスは、「アル・アクサの大洪水作戦」(Operation Al-Aqsa Deluge)を開始し、イスラエルに向けて5000発以上のロケット弾を発射したと発表しました(*1)。50年前の1973年10月6日に第4次中東戦争が勃発しましたが、今回の攻撃はその日付を意識したものと思われます。
イスラエル側は、発射したロケット弾の数を2200発以上と発表しており、ハマスの発表とは差がありますが、それでもわずか20分間でイスラエルの拠点、空港、軍事施設などを標的に数千発を発射しており、「大規模な奇襲攻撃」であったことに間違いはありません。
さらにハマスは、ガザ地区の分離壁やフェンスを破壊し、多数の地上部隊をイスラエルの町や軍事基地に侵入させて、数時間の内に1000人以上を殺傷しました。SNSには、複数の街や基地を占拠する様子や、イスラエル軍の戦車(メルカバIV)などを破壊し、戦車の中からイスラエル兵を引きずり出すショッキングな映像などが投稿されました(*2)。
用意周到に準備されたハマスによる奇襲攻撃
これまで長年に渡り、両者は衝突を繰り返してきましたが、今回の攻撃は近年では最大規模であり、また地上部隊の突入は今回が初めてで、前代未聞の奇襲攻撃となりました。
さらにハマスは、1~2人乗りのパラグライダーを使って上空からもイスラエルに侵入する新戦法を取り入れたり、イスラエルの海岸への上陸作戦を行ったりしており、戦闘員が陸・海・空から侵入した異例の事態となりました(*3)。これらは計画、装備、訓練を含めて周到に準備された作戦であったことは明白で、一部報道では準備期間に2年をかけてきたともいわれています。
なお、ガザ地区の分離壁やフェンスは最大8メートルもの高さがあり、何年も前から強化されてきました。赤外線を含む多数の監視カメラやセンサー、また監視塔にはリモートで操作する機関銃が備え付けられていました。
さらにトンネルを掘って地下からの侵入を阻止するために、莫大な予算を使って、深さ数十メートルのコンクリート壁で覆ってきました。万一、地中の壁を破壊しようとする試みがあれば即座に探知出来るように、地震探知機のような最新のシステムとセンサーも配備されていました(*4)。
このようにイスラエル側は、分離壁の監視と警備にかなりの自信を持っており、このことが、今回の奇襲攻撃を許した一因ともいわれます。
現在も続く動乱
イスラエル軍はハマスの奇襲攻撃を許してしまい、イスラエル軍が駆け付けるまでに、多くのイスラエル市民が死傷、また人質として捕らえられました。
これでイスラエルとガザの大規模軍事衝突は、2008年以来、5回目となりましたが、2014年の衝突時にイスラエル側の死者が71名であったほかは、イスラエルの死者は毎回10名前後にとどまっていました。しかし今回の攻撃では、10月13日の時点で死者が1300人を超えており、遙かに大規模なものとなりました。また拉致された人も最大150人になるとみられています。
ハマスは、翌日の8日以降もロケット弾攻撃を続けており、毎日200発~400発を発射している模様です。
イスラエル国防軍は「戦争警戒態勢」を宣言、兵士の動員や予備役30万人を招集し、ネタニヤフ首相は声明で、「我々は作戦ではなく、戦争状態にある」、「強力な復讐を行う」と述べて徹底した軍事作戦を開始しました。
危惧されるガザ地区での大量の犠牲者
イスラエル軍は10月13日、ガザ地区へ2021年以来となる地上部隊を投入し局地的な奇襲を実施しました。ハマスのロケット部隊を攻撃し、人質の情報を得るために行われたようです(*5)。今後は本格的な侵攻が予定されており、ネタニヤフ首相は「ハマスを殲滅する」と述べていますので、徹底した掃討作戦が行われるものとみられます。
ハマスはガザ地区の一般住居に紛れて拠点を設けており、また地下30~40mの深さにトンネル網を掘りめぐらせているため、イスラエルは地上部隊を送らなければハマスを排除することは出来ません。
しかしガザは全長50km、幅5~8kmの狭いエリアに230万人以上が暮らす世界で最も人口密度が高い地域の一つで、人口の約45%は14歳以下の子供、7割は難民です。いくらイスラエル軍が民間人を避ける方針だとしても、一般市民に大量の犠牲者が出ることが予想されます。
地上侵攻に先立ちイスラエル軍は国連に対し、ワディ・ガザ以北に住む110万人のパレスチナ人を南部地区へ移住させるよう通達しましたが、ハマスは避難を受け入れず、住民を盾にするつもりのようです。イスラエル軍は、13日に再びガザ北部の住民に対し、午前10時から午後4時までの間に、避難通路を使ってガザ南部に移動するよう伝えました。
国際的な人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチは、「安全な場所がないのに、ガザの100万人に避難を命じたところで、効果的な警告にはならない。道は瓦礫で、車の燃料はわずか、また主要な病院は北部にある。手遅れになる前に、世界の指導者たちは今、声を上げるべきだ」と主張しました(*6)。
本記事を執筆している14日の時点では、イスラエル軍の本格侵攻は始まっていませんが、おそらく数日の間に開始されるものとみられ、パレスチナ人に多大な被害が出ると予想されます。今回の紛争を通じて、パレスチナ、イスラエルの両側に日々多くの犠牲者が生まれていることに深い悲しみとやるせなさを感じます。
※ニューヨーク・タイムズは、侵攻作戦は週末に計画されていたものの天候不順で数日延期されたと報じています(*7)。
ハマスが攻撃に至った動機を検証する
(1)パレスチナに対するイスラエルの強硬姿勢
ハマスには、パレスチナへの強硬姿勢を強めるイスラエルに対して激しい怒りがあります。
特に現在のネタニヤフ政権は、「史上最も右寄り」とされ、ヨルダン川西岸でパレスチナ武装勢力への急襲作戦を相次いで行い、パレスチナ人を弾圧してきました。この衝突によるパレスチナ側の死者は、2000年代以降で最大の規模となっています(*8)。
(2)サウジアラビアとイスラエルの国交回復阻止
ハマスは、「イスラエルが安全保障を望むならばパレスチナ人を無視してはならず、サウジアラビアとのいかなる合意もイランとの緊張緩和が崩れることになる」というメッセージを発しました。またハマスの指導者ハニヤ氏は、「アラブ諸国がイスラエルとの間で結ぶ正常化の合意により、この衝突が終わることはない」と述べています(*9)。
パレスチナ側は、これまで自らを応援し、イスラエルと敵対関係だったアラブ諸国が、イスラエルと国交回復を進めていることに危機感を抱いてきました。
2020年に、UAEとイスラエルが「アブラハム合意」により国交正常化を果たすと、バーレーン、スーダン、モロッコも続いて国交を回復しています。
先ごろサウジ高官がヨルダン川西岸地区を公式訪問し、国交回復が近いことを匂わせるなど、現在はサウジとイスラエルの和解が秒読み段階にありました。サウジはアラブの盟主を自認する中東の中心国です。このサウジがイスラエルと手を結ぶことは、パレスチナにとって絶対に認めることが出来なかったのです。
加えてパレスチナ人を怒らせたのが、国交回復の条件です。サウジは和解にあたって、いくつかの条件をアメリカに要求してきましたが、その一つは東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の成立です。
ただ、サウジとイスラエル、アメリカ間で合意した内容は、ヨルダン川西岸地区内の実に60%以上を占めるユダヤ人入植地を現状のままに留め置くものであったため、パレスチナ側としては到底受け入れることのできないものでした(*10)。
※14日時点でサウジは、イスラエルとハマスの軍事衝突が激化する中、イスラエルとの国交正常化交渉を停止したとAFP通信の報道がありました(*11)。
(3)イランの思惑
イランのライシ大統領は、ハマスの指導者ハニヤ氏と電話会談し、攻撃を勇敢だと称賛して「ハマスの作戦はイスラム諸国の誇りを高める」と絶賛しました。またイラン革命防衛隊のサファヴィー少将が「ハマスの軍事作戦を支持する」と述べていますが、ただ今回の奇襲作戦についての直接的な関与は否定しており、アメリカ政府もイランが黒幕であることを認めるのには慎重なスタンスです。
一方、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、10月8日の報道で、ハマスとヒズボラの幹部の話として、イランの関係者が準備段階から協力し、最終的なゴーサインを出したと報じています。
WSJによると、イラン革命防衛隊はハマスやヒズボラなどイランが支援する4つの武装勢力の代表らと、レバノンのベイルートで、8月から少なくとも2週間に1度のペースで会合を開き、陸海空からイスラエルに侵入する計画の詳細を詰めていたとスクープしました。
イスラエルは、イランの関与が明らかになれば、「体制指導者らを攻撃する」と表明しており、今後、イランを巻き込んだ大規模な紛争に発展するリスクがあります。
(後編に続く)
(*1)THE TIMES OF ISRAEL(2023.10.7)
(*2)X
(*3)JANES(2023.10.9)
(*4)ARAB NEWS(2022.2.28)
(*5)ロイター(2023.10.14)
(*6)X(2023.10.13)
(*7)The New York Times(2023.10.14)
(*8)時事(2023.10.8)
(*9)ロイター(2023.10.8)
(*10)MEE(2023.9.26)
(*11)AFP(2023.10.14)
HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の世界情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。
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「自由・民主・信仰」のために活躍する世界の識者への取材や、YouTube番組「未来編集」の配信を通じ、「自由の創設」のための報道を行っていきたいと考えています。
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