ばっちゃんのご飯に救われた──孤独に寄り添うプロフェッショナル

2021.05.30

いつの時代にも、自分を顧みず、人のために尽くす人がいる。彼らはなぜ、いばらの道に見える人生を歩むのだろうか。「広島のマザー・テレサ」と呼ばれる生き様を支える信念に迫った(2019年1月号記事より再掲。内容や肩書きなどは当時のもの)。

◆ ◆ ◆

食べて語ろう会 理事長

中本忠子(84)

(なかもと・ちかこ)1934年、広島県生まれ。80年から保護司を務める。2015年にNPO法人「食べて語ろう会」を設立し、理事長に就任。著書に、『あんた、ご飯食うたん? 子どもの心を開く大人の向き合い方』(カンゼン)がある。

肌寒い11月初め。広島市基町の市営住宅が建ち並ぶ通りを訪れると、細長い2階建ての建物が見えてきた。NPO法人「食べて語ろう会」の拠点だ。

出迎えてくれたのは、同団体理事長の中本忠子さん。「基町の家」とも呼ばれるこの場所には、居場所を失った数多くの子供たちが毎日訪れ、お腹いっぱいご飯を食べて帰る。

テーブルにはメンチカツやスパゲティサラダなどの料理が大皿に盛られていた。子供が来れば一人分ずつ小分けにし、必要な子にはさらに弁当も持たせて帰らせる。今でこそ、20人近くのボランティアが集う団体となったが、出発点は、中本さんとある少年の出会いだった。

「皆が幸せになりゃあいい」

1980年、中本さんは知人の勧めで、罪を犯した人たちの更生を支援する保護司になった。担当したのは、シンナーを吸う中学2年の少年。「どうしてシンナーやめれんの?」と聞くと、「腹が空いたのを忘れることができる」という答えが返ってきた。

少年は父子家庭で育ち、父親はアルコール中毒。まともな食事をとれず、空腹を紛らわせるためにシンナーを吸っていた。

中本さんが毎日ご飯を食べさせると、少年は1カ月も経たずにシンナーをやめ、学校に行くように。その後、仲間を連れてくるようになり、中本さんは彼らにもご飯を作った。空腹が満たされた少年たちはみな、シンナーをやめた。

愛情を込めたご飯を食べれば非行少年は立ち直る─。これが中本さんの活動の原点となった。これまで関わった子供は300人ほどに上る。

2017年に「基町の家」を開くまでは、自宅でご飯を振る舞い、最初の10年は活動資金をすべて自費で賄った。育ち盛りの子供たちのために、貯金を崩しながら、毎月10万円ほどを捻出した。

今では活動が広く知られ、寄付も集まるようになったが、すべてを賄えてはいない。それでも、子供からは1円ももらわない。子供がご飯を食べられなくなるくらいなら、自分のお金はなくなってもよい。中本さんは屈託のない笑顔でこう話す。

「救われる人がおるんじゃけ、ええじゃん。お金っていうのは、必要な時に入って来る"宇宙の法則"に従い、ぐるぐる巡ってくるもんですから。いずれはこの子たちが人の役に立つ。それで皆が幸せになりゃあね、それでいいと思いよるんです」

「忍耐」で環境が変わった

薬物中毒の親、暴力団員の家庭、ネグレクト(育児放棄)する両親─。中本さんのもとにやって来るのは、複雑な家庭環境で育った子供たちだ。

暴力団関係者を親に持つある子供は、親の仕事を手伝わされると助けを求めてきた。中本さんが家にかくまい、玄関先に現れた暴力団員に「子供を出せ」と脅されたこともあった。"厄介なこと"に関わる中本さんの姿を見て、意見する人も多かったという。

「なぜそんな子供の面倒を見るのか」「いずれ刑務所に入るか、ホームレスになるかなのだから、お金をかけるだけ無駄だ」

そうした指摘に対し、中本さんは「子供から『助けて!』と言われた経験がない人には分からない」と忍耐した。

「暴力団もかなり敵に回したよ。だけど、今ではそうしたみなさんも、『あの時お世話になってありがとうございます』って挨拶してくるんよ。活動を続けることで、信用がついたんじゃろうね」

「もらう」から「与える」に

「物事を損得で考えてはいけない」というのが、中本さんの信条。だが「善悪」を教えられていない現代の子供に、良い悪いで諭しても響きづらいという。

そんな時は、あえて「損得勘定」で教える。例えば犯罪者が出れば、刑務所の運営費用がかかり、国の財政が圧迫される。そうすれば、回りまわって中本さんの年金も減ってしまうと話すと、「それならやめておこう」と納得してくれることが多い。

また、親から愛されなかった子供は、「もらうこと」を求め、人に「分け与えること」に関心を向けない。しかし、苦しみを理解してくれる大人から惜しみない愛情を受ければ、心を開き、別人のように変わる。

中本さんの愛を一身に受けた子供たちの多くが、今では立派な社会人となり、中本さんの活動を資金面で支えている。

身を捨ててこそ得られる

おむすびが詰められた弁当。

基町の家の外観。ボランティアの女性が、扉の前で朗らかに笑う。

持てるものすべてを見ず知らずの子供に与えてきた。その活動を支えてきた精神とは何か。中本さんは「父から受けた教えが大きかった」と語る。

「父からは『起きて半畳、寝て一畳あればいい』とか、『人間の優しさっていうのは見返りを求めてはいけない』とか、耳にタコができるほど言われました。ご飯を食べる前に延々と言うんよ。当時は『早く食べたいのに』って聞き流しよったけど、欲を捨てることが生きる上で大切なんだと教えてもらいましたね」

欲を捨てる─。受験や出世などの競争で他人を顧みる余裕がなくなりつつある現代社会では、忘れられがちな美徳だ。

中本さんはこう続ける。

「若い人もボランティアに参加してくれるけど、私が育った教育環境と違うためか、意見が衝突することもあります」

中本さんは戦前生まれ。「自分を犠牲にしてでも人を救い、日本国を守りなさい」という価値観が当たり前だった。

「まず人に食べ物を差し上げて、残り物があったらそれをいただく。なかったら、一日食べなくても別に死にはしないという感じで、今まで生きてきました。戦後の教育では、『自分を大切にしないと人を大切にできない』と教える。なので、『自分が腹いっぱい食べて、残ったら人にあげる』というように考える人が増えました。でも、それでは真心が通じない。それを父は教えてくれたんだと思うよ」

私欲を抑えて人を救う「自己犠牲」は、自分は不幸になればいいという「自虐」とは違う。

「純真な気持ちじゃないと、人に何かをしてあげるのは難しい。私も、『ストレスを感じてるな』と思った時には、本当に困っている人と話をするようにしています。そうするとね、愛の心がまた芽生えてくるんです。欲望とか自我を捨てて、自分を『無』にすることができれば、相手の本当の気持ちが分かると思うんよ」

人に一方的に与える人生を歩んできた中本さんは、損をしているように見えるかもしれない。しかし、自分自身の損得を離れ、世のため、人のために尽くすことで、自分自身が"進化"し、「広島のマザー・テレサ」と呼ばれるようになったのだろう。

自分の身を捨てる人生に徹してきた中本さんは、幸福感に満ちていた。

子供たちの話に耳を傾ける中本さん。


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【関連記事】

2019年1月号 孤独に寄り添うプロフェッショナル / うつ、非行、虐待、自殺…… Part.1

https://the-liberty.com/article/15128/


タグ: ボランティア  中本忠子  非行少年  広島のマザー・テレサ  食べて語ろう会  ばっちゃんのご飯 

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