2022年12月号記事

日本仏教の中心地・奈良で「悟りの原点」を求める

釈尊がインドで仏法を説いてから2500年──
毘盧遮那仏を擁する奈良で、現代人にとっての「悟りの原点」が説かれた。

日本仏教の中心地と言える奈良。仏教を日本の精神的主柱とした聖徳太子ゆかりの地であることに加え、東大寺は総合的な仏教学を学ぶ場として教えを護り伝えてきた。

明治以降の法制度により、東大寺は「華厳宗の大本山」となっているが、もともとは宗派を超えて仏法を学ぶ「八宗兼学」の地であり、密教を日本にもたらした真言宗の開祖・空海も東大寺の別当(長官)を務めている。

日本を護ってきた毘盧遮那仏

東大寺の本尊・毘盧遮那仏は、仏典『華厳経』において「万物をあまねく照らし出される仏」としてあらわされる。聖武天皇の時代に鎮護国家を祈って、当時の国家予算の2倍以上の費用をかけて建立。二度の焼失に遭いながらも再建され、この国を護り続けてきた。

毘盧遮那仏と、幸福の科学の本尊である主エル・カンターレには深い縁がある。重要経典『太陽の法』で、エル・カンターレの役割についてこう説かれている。

愛と慈悲、信仰を象徴する阿弥陀如来的側面(救世主的部分)と、悟りと修行、霊界の秘義を象徴する大日如来的側面(仏陀の本質的部分)をあわせもった釈迦大如来であり、前者が先鋭化すれば、大救世主であり、後者が象徴化されると、華厳経や大日経にいう毘盧遮那(Vairocana)仏をさらに本源的な存在とした、大毘盧遮那(Mahāvairocana)仏である

仏と神とを合一させた偉大な霊存在であるエル・カンターレは、人々に導きを与えるため、その一部が個性を持った魂として何度も地上に降りてきた。釈尊もその一人だ。現代では、その本体意識が、大川隆法・幸福の科学総裁として地上に生まれ、35年以上にわたり法を説き続けている。発刊書籍は3000冊を超え、説法回数は3450回以上に及ぶ(10月時点)。