《本記事のポイント》

  • 大統領選の最終判断は司法の場に持ち込まれる可能性が高い
  • バレット氏に対して宗教裁判を行ってきた民主党
  • 民主党はコート・パッキングで三権分立を破壊することも検討中か

トランプ政権は、リベラルの大御所だったギンズバーグ判事が死去した後の欠員を埋めるため、保守派のエイミー・バレット氏の連邦最高裁判事の承認を急いでいる。来週にも公聴会が開かれる予定である。

この問題は新型コロナウィルスより重要だと考えるアメリカ国民は非常に多い。CNNテレビの8月中旬の世論調査では、投票先を決める上で最高裁人事が「極めて重要」「とても重要」とした回答は69%に上る。その他、ピュー・リサーチ・センターが行った世論調査でも、約64%の人が、大統領選挙の投票先を決める上で重要だと回答している。

現在、最高裁判事は8名。判断が4対4に分かれた場合、有効な法律的判断が下せない状況になっている。

大統領選は司法の場で決着を見るか!?

これが問題であるのは、トランプ大統領が圧勝しなければ、司法の場に持ち込まれる可能性が高くなってきているからだ。

過去においても、司法の場で最終判断が下された大統領選があった。

2000年のジョージ・W・ブッシュ共和党候補とアル・ゴア現職民主党副大統領との間で行われた大統領選である。フロリダ州の選挙人25人をどちらが獲得するかで勝敗が決まることになっていた。

フロリダの集計結果では、ブッシュ氏の得票数が高かったが、その結果を不服としたゴア民主党陣営は票の数え直しをさせる。大勢の弁護団を引き連れ、最初から法廷で争うつもりだった。最終的に連邦最高裁は多数派5対少数派4の判断で、ブッシュ氏は271票を獲得し勝利が確定した。

バイデン元副大統領は、選挙で負けたらその正統性をすぐに受け入れるつもりはなく、挑戦すると述べている。また期日前投票の投票用紙が数万票単位でゴミ箱に破棄されたりするなどの問題が生じていることも併せて考えると、複数の州で訴訟合戦が起きることが十二分に予想される。

ブッシュ対ゴア事件の時のように、5対4に評決が分かれる可能性があることを考えると、トランプ氏が勝利するには保守派の裁判官が多数派を占めているかどうかは決定的に重要になる。

民主党は現代の"宗教裁判"を行うのか

最高裁判事の任命は上院で決められるため、共和党が53議席と多数派を占める現状においては、バレット判事が承認される可能性は高い。

だが民主党は、これまでもバレット氏が巡回裁判所の判事になることを頑なに攻撃してきた。象徴的だったのは2017年にトランプ氏が第7巡回区控訴裁判所判事に任命した時の議会公聴会でのやり取りである。

カリフォルニア州選出のダイアン・ファインスタイン上院議員は、バレット氏が敬虔なカトリックであることを懸念し、「(カトリックの)教義があなたのなかで大きな存在だ。それが懸念材料である(The dogma lives loudly within you, and that's of concern)」と述べて批判した。

バレット氏はアントニン・スカリア元最高裁判事の調査官を務めた経歴がある。そのスカリア氏は「人工妊娠中絶に合衆国憲法上の権利はない」と主張。このため彼女も、反中絶の方向で判断するだろうと予測されている。

争点となっているのは、1973年の「ロー対ウェイド」判決。最高裁判断で妊娠中絶は合衆国憲法上合憲だとされた。このためニューヨーク州では昨年、出産直前に胎児を中絶することを許可する法案が可決されたり、バージニア州では出産直後に子供を殺害することは問題ないという見解まで出されたりしている。

こうした州法に反対し、胎児の心拍が確認されたり妊娠から8週間が経過したりすれば中絶を禁じる法律が成立させた保守系の州がある。これに対する反対訴訟が起き、今後最高裁に持ち込まれるケースは17件あるとされる。

バレット氏が最高裁判事に加わると、中絶を制限する州の法律を合憲とする可能性が高まる。このためバイデン陣営は、バレット氏が判事として任命され「ロー対ウェイド」判決を覆した場合に、中絶が可能となるような法案を考えていると発表している。

バイデン陣営はバレット氏が判事になれば、彼女のカトリックの信仰が判事としての判断に影響を与えると批判する。

だが合衆国憲法上、公職に就くのにどの宗教に属しているかに基づいて判断を行う「宗教テスト」をしてはならないと明確に禁じている。"宗教裁判"はご法度なのだ。

議員が「命」を定義できると考える傲慢さ

また民主党側は「カトリックの見解が反映される」ことが問題だとするが、そもそも議員が命の定義をできると考える方が傲慢であろう。

憲法で定められている「生存権」は、人間が定めた法律に規定されているから尊いのではなく、人間が定めた法を超越する法(自然法)によってもその尊厳が認められているからこそ尊いものであり、その権利は守られなければならない不可侵の自然権となる。

カトリックの教義では人間は神の似姿であるとされ、神の子としての生存権は尊ばれなければならないものとされている。だがこうした考えはカトリック成立以前のローマ時代に自然法上の権利として認められていたものである。法律を勉強した者であるならば、ローマの自然法学者でストア派のキケロと近代の政治思想家ジョン・ロックの「自然」についての見解が時代を超えて同じものであることは周知の事実である。

ロックの思想が独立宣言の根拠となっているため、この自然法論を抜きにした法解釈は、立法者意志に反したものとなる。それゆえ前最高裁判事のスカリア氏が述べたように、「人工妊娠中絶に合衆国憲法上の権利はない」とする方が、立法者意志にかなった憲法解釈と言える。

この点から考えると、1973年に合憲とされた「ロー対ウェイド判決」こそ違憲であろう。人間が定める実定法をはるかに優越する法が存在するということを忘れ、自然法的な要素を法律から除いた時に、実定法は国会議員の恣意性に委ねられてしまう。妊娠後期の堕胎も可能とされれば、命の神聖さは失われ、堕胎の件数は増えるだろう。党の綱領から「神」という言葉を取り除いた民主党は、法解釈の面でも唯物的法解釈を推し進める魂胆なのである。

三権分立を破壊するコート・パッキング案

バレット氏が最高裁判事として任命された場合、保守派が多数派となるため、たとえトランプ氏が再選を逃したとしても、その影響は長く続くことになる。最高裁判事は終身制であり、バレット氏はまだ48歳と若いためである。

たとえバイデン氏が勝利しても、民主党の法案が最高裁で違憲とされれば、民主党にとって都合のよい法案が通らなくなることを意味する。たとえばトランプ政権はオバマケアの無効を最高裁に申請している。11月に行われる予定の審議では、オバマケアへの個人加入の義務は合憲だとした2012年の最高裁判断が覆されることもあるかもしれない。

このためバイデン民主党陣営が、バレット氏が承認されるのを見越して考えているとされるのが最高裁判事の定員を9名から増員するというコート・パッキング案である(この案は民主党の大統領、上院も下院も民主党が占めた場合に可能になる)。

バイデン氏、ハリス上院議員は共にディベートで、この件について正面からの回答を避けたが、バイデンは8日(現地時間)、コート・パッキングについて、「選挙戦が終わったら応える」と発表。バイデン政権の方針を述べたらそれが一面を飾ることになるからだというのが理由だが、国民の知る権利を無視した横暴である。

歴史的には判事の人数は1869年から9名になって以来、9名と固定されてきた。例外としてフランクリン・ルーズベルト氏がニューディールに違憲判決を出し続けた最高裁に嫌気がさして、判事の増員をしようとしたことがある。この案はまったく人気がなく、法律を変更することはできなかったため、実現しなかった。

コート・パッキングは「試合に勝てないなら、試合のルールを変えてしまおう」というのに近い。連邦最高裁判所は行政権、立法権の下に位置付けられ、三権分立が脅かされる。それによって民主主義の根幹にある法の支配が揺らぐため、民主国家アメリカの威信も傷つけられるだろう。

懸念すべきは法の唯物的解釈をよしとする民主党政権の方針が、最高裁でも採られるようになり、アメリカが宗教国家でなくなることだ。党の綱領から「神」を追い出した民主党は、最高裁からも「神」を追い出すことを狙っているはずだ。

2016年の大統領選で鍵を握った、国民の3割いると言われる福音派の人たちは、今回も連邦最高裁判事任命問題を死活問題と見ている。

もちろんアメリカが無神論へと傾けば、中国共産党の悪についても譲歩に譲歩を重ねていくだろう。日本にとっても死活問題であるのが、最高裁判事の任命問題なのだ。

(長華子)

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