明治の妖怪ウォッチャー・柳田國男が語る「あの世」の世界
2014.08.07
公開霊言抜粋レポート
民俗学の中に隠された真実
明治の「妖怪ウォッチャー」はあの世で何を見たか?
柳田國男が見た死後の世界
2014年6月21日収録
民俗学の父と称される柳田國男氏。東京帝国大学法科大学(現・東京大学法学部)卒業後、農商務省の役人となり、仕事で各地を回るうちに、東北地方の古い伝承に興味を示し始める。こうした伝承を聞き集めて体系的に整理し、日本に民俗学を打ち立てた。
昔話や古くからの伝承には、霊的真実や人間の生き方の本質が語られていることが多い。それまで炉端の語り草に留まっていた昔話や伝承を、「学問」にまで高めた柳田氏の功績に学んでみたい。
民俗学とは何か
民俗学とは、今に伝わる慣習や儀式、伝説、民話などを資料として、生活文化の変遷の歴史をたどり、対象となる民族固有の考え方や死生観などを探るものである。民族学や文化人類学とも近い学問だ。
柳田國男氏は、岩手県遠野地方に伝わる伝承をまとめた『遠野物語』をはじめ、新しい言葉がどのように伝わっていったかを、カタツムリの呼び方の違いから考察した『蝸牛考』や、日本の伝統的な信仰生活を解説した『日本の祭』、日本人の祖先が南からやってきたと考察した『海上の道』など百数十冊を著し、「民俗学の父」と称されている。
昔話や伝説は、近代化によって失われつつあった。だが、それを日本人の信仰観や死生観、考え方の傾向などを研究する学問の対象にまで高め、後世に保存した柳田氏の功績は大きなものがある。
民俗学は、どのような役割を果たしてきたのか
氏の代表作『遠野物語』には、河童や天狗、山姥など、不思議なものが数多く登場する。中でも、幽霊にまつわる伝承は、霊的世界の真実の一端を教えている。
例えば、「亡くなって棺に入れられた老女が、親戚一同が寝ている部屋に裏口から足音をさせて歩いてきて、着物の裾が囲炉裏のそばに置いてある丸い炭入れをかすめたとき、炭入れがくるりと回った。それを見た娘は、実体のある幽霊だと分かった」というエピソードが登場する。その老女の霊は、自身の通夜の日にも姿を現した。
また、大病を患っていた町の有力者が自分の菩提寺を訪ね、和尚にお茶でもてなされたという話もある。「あの人は寝込んでいたはずなのに」と不思議に思った和尚が、有力者が座っていた場所を見返すと、果たして、飲んだはずのお茶が床にこぼれていた。その人は当日の夜に亡くなったため、その日はとてもではないが外出できる状況ではなかったことが後でわかったという。
こうしたエピソードが示すのは、人間は死んだら終わりではなく、魂として存在し続けるということだ。また、死期が近づくと肉体から魂が抜け出して、縁のある人のところに挨拶にくるということもわかる。
昔話にはこのように、魂や死後の世界を垣間見せてくれるものが多い。日本各地に伝わる昔話をアニメ仕立てにした番組「日本昔ばなし」は、1975年ごろから33年間ほど放送されたが、子供の頃に同番組を視聴した20~50歳の世代は、50年前の同世代に比べ、あの世を信じる人の割合が2倍以上と高いというデータもある。
昔話や伝承は今も昔も、霊的な世界や見えない世界を、人々に忘れさせないようにさせる役割を果たしてきたと言える。
民俗学の父が語る、あの世の風景
近代化の中で忘れ去られつつあった、普遍的な真実を残そうとした民俗学の父・柳田國男氏は今、あの世でどのような仕事をしているのだろうか。
大川隆法・幸福の科学総裁が柳田氏の霊を呼び出して聞いたところ、霊界研究を続けていることが判明した。
柳田氏の霊によれば、霊界は、心のあり方に応じてさまざまな姿に変化できる自由な世界だという。心のあり方には自由性があるため、心ひとつでさまざまな姿に変化することができるが、心のパターンがある程度共有されると、安定した形をもって現れてくる。 「一念三千で、三千種類の心があるなら、三千種類の霊的存在はありえる」 と、妖怪や天狗、仙人など、霊界にさまざまな種類の霊が存在する理由を説明した。
天狗や仙人の様子については次のように語った。天狗には、力を誇る力天狗、知識を誇る知天狗などがいて、 「パワーがあるところを人に見せて、驚かすのが好き」 で、自慢する傾向があるという。一方、仙人は、天狗に似ているが、力よりも、ものあてなどの技術を誇るタイプなのだと述べた。
さらに生前の自身の功績について、柳田氏の霊は、 「西洋の学問がいっぱい入ってきたけれども、日本の大事な心みたいなものも失われていく可能性も感じたので、何かそういうものを護らなければいかんのじゃないかという感じはあったんだよね」 と述べた。
検証は必ずしも普遍的かつ論理的なものではなかったとしながらも、明治時代に入って消えつつあった素朴な宗教の世界を、学問の形で保存しようとする役割があったと分析した。
柳田氏と同世代で活躍した人物には、同じく東京帝国大学を卒業し、妖怪を研究した井上円了もいる。仏教哲学者だった井上円了には、さまざまな妖怪について考察を深めた『妖怪学講義』、唯物論者に反論して「物質」は精神の表層ではないかと喝破した『霊魂不滅論』などの著作も数多く、「妖怪博士」「お化け博士」と呼ばれた。
こうした人物が活躍した背景に、時代が変わっても普遍的なものを後世に残そうとした大いなる意図が感じられる。明治時代、日本は欧米列強と伍するため、欧米の進んだ学問を取り入れた。その中には、日本の古い習俗を一律に「後進国的」「迷信」と否定する雰囲気があった。確かに狐信仰など、迷信として捨て去るべきものもあったが、人々を正しく霊界に導く部分もあったのだ。
神話や伝承の中に真実が眠っている
現代は学問に対して、「繰り返して再現できる」「目に見える証拠がある」ことを求める傾向があり、それを「科学的」としている。NHKなども、そうした立場からさまざまな超常現象を扱うテレビ番組を放送し、それを常識にしようとしている。
柳田氏の霊も、 「今の流行りは、証拠がなければ何もないという言い方なので、私のように、遠野出身の人から話を聞いて、筆写して、書き下ろしたみたいなのでは、信用にはならないでしょう」 と述べたが、現代ではもう一段高次な方法が必要かもしれない。
実際、「旧約聖書」や、『日本書紀』『古事記』に描かれた日本神話などには、現代の常識から考えると「ありえない」と思われる話が数多く含まれている。例えば記紀には、神々を乗せて空を飛ぶ船である「天鳥船」などが登場するが、現在では単なる作り話やたとえ話と見る傾向が強い。時代が古いため、証拠が残っていないからだ。
だが、目に見えないものや霊界の存在は、人々の意識がどう変わろうとも、現れたり消えたりするものではない。長い間語り継がれてきた神話や古い伝承の中に真実が眠っていることもある。
現代は、明治時代よりもはるかに科学技術が発達し、生活も便利になった。そうした時代において、神仏や霊界の存在を軽視し、忘れ去ってしまっては、人間は傲慢になる。かといって、神話や伝承が科学技術の進歩・発展を阻害することも望ましくはない。
ゆえに、神仏や霊界についての描写も、時代に合ったもの、人々が受け入れられるものへとイノベーションしていく努力は必要だろう。
現在、幸福の科学は、そうした神話や宗教的真実について、天照大神を始めとするさまざまな神霊の霊言を収録・検証し、誰もが学べる普遍性と理論を持った学問にまで高めていこうとしている。上記の「天鳥船」については、神産巣日神の霊言などで、宇宙船そのものであることが明らかになった。
こうした検証を積み重ねていくこと自体、人々に神仏や霊界の存在を忘れないようにさせる役割がある。
時代が変わっても変わらないものを伝え続ける人たちは、時に誤解され、迫害された。だが、そういう人たちがいたからこそ、人類は道を間違わずに歩むことができたことを知らなければならない。
詳しくは⇒⇒⇒
大川隆法のスーパー霊能力 「霊言」とは何か
ここに紹介したのは霊言のごく一部です。詳しくは幸福の科学の施設で、ぜひご覧ください(下記参照)。
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