パラオ・ペリリューの戦い、守備隊長の霊言 「憎しみでは戦えない」
2015.04.08
先の大戦は侵略だったのか――。戦後70年の節目に、歴史観が見直されつつあります。
そんな中、天皇・皇后両陛下は今月、パラオ・ペリリュー島の戦いで犠牲になった方々を慰霊するため、同島をご訪問されます。
この戦いは、沖縄戦・硫黄島の戦いに並ぶ激戦で、「狂気の戦い」とも言われます。その見方は正しいのでしょうか。その疑問に答えるため、大川総裁は戦闘を指揮した守備隊長・中川州男大佐の霊言を収録しました。
日本軍は「狂気」で戦ったのか?
1944年、パラオの小さな島で日米の最強軍同士が激突しました。関東軍最強と評された「第14師団」1万人と、米軍最強と言われた海兵隊の「第1海兵師団」など4万人です。
日本軍は島内の洞窟を坑道でつなぎ、米軍の焼夷弾や火炎放射器などによる猛攻に抵抗。2カ月にわたる激戦で、島の森林は焼き尽くされました。日本側はほぼ全滅。中川大佐は「サクラサクラ」と本土に電報し、突撃したと言われます。一方、「2、3日で勝てる」と楽観視していた米海兵隊も壊滅的被害を受けました。
ペリリュー島の戦いは、NHKが昨年夏に「狂気の戦場」と題して特集するなど、「悲惨な戦争を繰り返してはならない」と否定的に語られることがあります。
日本軍の勇猛さが本土上陸戦を防いだ
しかし、戦いの意味について中川大佐の霊はこう語りました。
「 私も含め、部下たちが無駄死にしたとは思っていない 」
「 『われわれが一日持ち堪えることが、祖国への攻撃を一日遅らせることになるんだ。われわれが死ぬ代わりに、祖国の人たちが何千、何万と死ぬのを食い止めているんだ』という気持ちはあったね 」
この戦いでは、それまで日本軍が行っていた「万歳突撃」ではなく、「一日でも長く戦う」という方針が取られました。これが沖縄や硫黄島で行われた「持久戦」の手本となったのです。
実際に米軍は、これらの戦いにおける日本軍の勇猛さを見て、日本への本土上陸戦を止めたとも言われています。彼らが戦っていなければ、日本が戦場となっていた可能性があるのです。
中川大佐の霊は、「ペリリューは狂気の戦いだった」という意見に対し、こう語りました。
「 人はねえ、憎しみでもっては戦えないよ。やっぱり、愛のために戦うのであってねえ、憎しみでアメリカ人を殺せないよ。だから、『祖国への愛』、それから、『家族への愛』、『同胞を守る』ということのために戦うんだな 」
安倍談話で河野・村山談話の撤回を
GHQ最高司令官マッカーサーが戦後、「日本が戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった」と語ったように、当時の軍人たちは家族や日本を守るために戦いました。
日本は戦後70年の首相談話で、自虐史観の元凶である河野・村山談話を撤回する必要があります。それが、大戦犠牲者への供養につながります。
【関連サイト】
幸福実現党プレスリリース―天皇皇后両陛下のパラオご訪問に寄せて
http://info.hr-party.jp/press-release/2015/4114/
【関連書籍】
幸福の科学出版 『パラオ諸島ペリリュー島守備隊長 中川州男大佐の霊言』 大川隆法著
http://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1435
【関連記事】
2015年5月号記事 「憎しみではなく、愛で戦った」パラオ諸島 ペリリュー島守備隊長 中川州男大佐の霊言」 ――大川隆法総裁 霊言レポート
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