コロナも「病は気から」? 科学的な分析から見た病気と心の関係
2020.04.21
新型コロナウィルスの感染者、死亡者が増え続けている。今、世界で注目されているのが、「コロナに感染する人としない人がいる」ことだ。
アメリカでは、ほぼ人に会わず3週間自宅にこもり続けた女性が感染したと報道され、全米にショックを与えた。この女性は、玄関に食料品を届けたボランティアの女性とわずかながら接触。ボランティア女性はその後、陽性と診断されており、わずかな時間でも感染する事例となった。
一方で、感染者と同じ家で過ごすなど濃厚接触をしていながら、検査の結果は陰性だったという人も存在する。また、陽性でもまったく無症状の人も一定数存在する。
「病は気から」という言葉がある。実際に、がんや心臓病などの発症や死亡率に、心が大きく関わっているという研究がある。これは感染症も無関係ではないはずだ。
本欄では、現在は医療法人千手会・ハッピースマイルクリニック理事長を務める精神科医の千田要一氏による、心と病気の関係についての寄稿を紹介する。
※2009年2月号本誌記事を再掲。内容や肩書きなどは当時のもの。
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ロンドン大学 疫学・公衆衛生講座 臨床研究助手 千田要一
(ちだ・よういち)1972年岩手県生まれ。九州大学大学院卒。九州大学病院心療内科助手(学術研究員)を経て現在はロンドン大学(University College London)臨床研究助手。医学博士、心療内科医。動物基礎研究、実験的臨床研究、疫学研究、メタ分析統計学研究などを駆使し、「心身相関」の総合的解明と先進的心理療法の開発を進めている。欧米と日本での医学論文・著書多数。第10回アジア心身医学会最優秀ポスター賞(2002年、台湾)、日本心身医学会第4回池見賞(2006年、東京)、第66回アメリカ心身医学会学術賞(2007年、ハンガリー)、第10回国際行動医学会若手学術賞(2008年、東京)など学会受賞多数。
「病は気から」は本当だった
──がん、心臓病、寿命──
メタ分析(Meta-analysis)という手法があります。これは、過去に行われた複数の研究結果を統合し、より信頼性の高い結果を求める、統計学的な分析手法の一つです。近年は日本でもEBM(Evidence-based medicine、科学的根拠に基づく医療)が重視され、メタ分析による解析結果はEBMのための強力な学問的基盤となっています。
私は、このメタ分析を駆使して「病は気から」を証明し、Nature誌をはじめ著名学術誌に発表してきました。ここでは、それらの最新知見について説明します(今回のメタ分析にあたっては、数ある疫学研究デザインのうち、経時的因果関係を評価できる「前向き観察研究」のみを論文収集しました)。
(1)「ストレス」が高いがん患者は死亡率が9割方高いケースも
がんの発症には、遺伝要因、環境要因(汚染、感染、地質学的因子など)、生活習慣(喫煙、飲酒、食事、運動など)が大きく関わることがわかっています。しかし、ストレスによる影響は不明のままでした。ここ30年、「ストレスとがん」の関連を調査した研究は数多く報告されてはきましたが、「関連があった」とする報告もあれば「なかった」との報告もあり、混沌としていて結論が出ていなかったのです。そこで、「ストレスとがん」の関連を証明すべく、メタ分析を行いました(Nature Clinical Practice Oncology 5: 466-475, 2008)。
収集した126編にのぼる先行論文のメタ分析結果、ストレスが高い人はストレスが低い患者に比べて、がん発症が20%も高くなり、がん発症後も、ストレスが高い患者では、がんの種類によってがん死亡率が高いことがわかりました(文末に表)。例えば肝・胆道系がんでは、ストレスが高い患者は低い患者にくらべ、がん死亡が88%も高くなっています。これらの結果は世界初の報告であり、実際に「ストレスががんに悪影響を及ぼす」ことを示しています。
注目すべきこととして、このストレスによるがんへの悪影響は、従来ストレスとがんを結びつける介在因子と考えられてきた「喫煙、飲酒、運動不足、社会・経済的地位」などの生活習慣危険因子を統計補正しても、やはり強く認められました。つまり、「ストレスが肉体に"直接"作用し、がん発症を促し、予後を悪化させている」ことが示唆されたわけです。
(2)「怒り」が出やすい人は心臓病の発症や死亡率が2割方高い
日本人の生活習慣の欧米化に伴い、心疾患の罹患率が増しています。特に多いのは狭心症や心筋梗塞などの「冠動脈疾患」です。冠動脈疾患の主要危険因子は「喫煙、運動不足、高血圧、肥満、高コレステロール血症、糖尿病、冠動脈疾患の家族歴」とされてきましたが、従来確立されたこれらの危険因子だけでは、男性で40%、女性で15%しか冠動脈疾患の発症を説明できないことが明らかになってきました。
そこで、新たな危険因子として「ストレス」が注目され、世界中の研究者たちが検討を始めたのです。例えば、「仕事ストレスは冠動脈疾患発症を47%上昇させ、うつは90%も上昇させる」ことが、他の研究グループのメタ分析により報告されています。
私は、仏教でいう「心の三毒」の一つである「怒り(瞋)」について、冠動脈疾患との関連からメタ分析を行いました(Journal of the American College of Cardiology 印刷中)。なお、現代心理学では、「敵意」を怒りと類似関係にある不可分な概念と捉えているので、怒りに敵意を含めて考えました。
収集した38編に及ぶ先行論文のメタ分析結果から、怒り(敵意)が出やすい人は出にくい人に較べ、冠動脈疾患の発症が19%も高くなり、すでに冠動脈疾患を持つ患者においても、怒り(敵意)は死亡率を18%上昇させることがわかりました。この結果は、「『怒りや敵意のコントロール』が、冠動脈疾患の予防と予後の改善にかなり効果的であること」を示唆しています。
(3)「聖なるものを求める心」が寿命を延ばす
現代心理学では、「霊性・宗教性」(Spirituality/Religiosity)は「『聖なる』(Sacred)ものを求める感情、思考、経験、行動」と広く定義され、特に「宗教性」は、集団的実践や教義に重きが置かれ、「霊性」は、個人の経験や信念が重視されます。
これまでのメタ分析から「霊性・宗教性が、うつ症状を抑制し、ストレス対処を改善する」ことがわかっていますが、霊性・宗教性の肉体への影響については不明なままでした。そこで私は、「霊性・宗教性と寿命」との関係についてメタ分析しました(Psychotherapy and Psychosomatics 印刷中)。
37編の先行論文を収集し、メタ分析した結果、霊性・宗教性が高い人は低い人に較べ、死亡率が18%低下していました。つまり、「『霊性・宗教性』は、ヒトの寿命を延長する作用がある」ことが明らかになったのです。疾患別では、脳卒中、冠動脈疾患などの心血管性疾患による死亡が、霊性・宗教性によって28%も低下していました。
さらに興味深いことに、「喫煙、飲酒、運動不足、社会・経済的地位」などの生活習慣危険因子を統計補正しても、霊性・宗教性による寿命延長作用はやはり認められ、「霊性・宗教性が肉体に"直接"作用し、寿命を延ばしている」ことが示唆されました。
また、霊性・宗教性を種類別に分けてさらにメタ分析したところ、祈り、経典学習、瞑想など「非組織活動」の死亡率への影響は認められませんでしたが、「健常者を対象とした死亡率が、宗教行事への参加や伝道活動などの『組織活動』により23%低下していた」ことがわかりました。
(4)今後の展望
ここでは、「ストレスとがん」、「怒り(敵意)と心疾患」、「霊性・宗教性と寿命」のメタ分析結果を示しました。私はこれらの知見にとどまらず、「糖尿病、アトピー性疾患、HIV感染症、単純ヘルペス感染症」など他の流行疾患でも、ストレスがその発症や予後に悪影響を及ぼすことを論文報告しています(Diabetologia 51:2168-2178, 2008; Psychosomatic Medicine 70:102-116, 2008; Brain, Behavior, and Immunity 印刷中)。また、幸福感、人生充足感、ユーモア、明るさ、気力などの「陽性心理」が寿命を延長させることも明らかにしました(Psychosomatic Medicine 70: 741-756, 2008)。
以上のように、「病は気から」は学術的真実です。「悪しき心の傾向性を修正し、善念と霊性・宗教性で心を満たすことで、肉体が健康になる」ことが示唆されたのです。この最新知見を契機に、人々の心身相関への理解が進み、「霊性・宗教性」を加味した医学が進歩することを期待しています。
メタ分析結果:ストレスによるがんへの影響
健常者対象
- がん発症⇒20%上昇
がん患者対象
- 乳がん死亡⇒13%増悪
- 肺がん死亡⇒17%増悪
- 肝・胆道系がん死亡⇒88%増悪
- 悪性リンパ腫・白血病死亡⇒32%増悪
- 頭頚部がん死亡(脳腫瘍は除く)⇒58%増悪
【関連サイト】
ハッピースマイルクリニック公式サイト
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【関連書籍】
第4章 人間幸福学から導かれる心理学千田要一著 HSU人間幸福学部 編 HSU出版会
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