公開霊言抜粋レポート

中山みき天理教開祖の秘密に迫る

天理教と幸福の科学の意外な関係とは?

天理教開祖 中山みきの霊言

2014年6月27日収録

「霊言現象」とは、あの世の霊存在の言葉を語り下ろす現象のこと。これは高度な悟りを開いた者に特有のものであり、「霊媒現象」(トランス状態になって意識を失い、霊が一方的にしゃべる現象)とは異なる。また、外国人の霊の霊言には、霊言現象を行う者の言語中枢から、必要な言葉を選び出し、日本語で語ることも可能である。 詳しくは⇒⇒⇒大川隆法のスーパー霊能力 「霊言」とは何か

天理教は、江戸時代に成立し、明治末期から昭和初期にかけて教勢を伸ばした宗教である。

先日、三代目真柱(しんばしら)であった中山善衛(ぜんえ)氏が亡くなり、善衛氏の霊が「幸福の科学に行けば、(天理教の親神である)天理王命(てんりおうのみこと)や、開祖・中山みきの正体が分かると言われた」として、大川隆法総裁のもとにやってきた。

天理王命とは誰なのか? 天理教が果たした使命とは何か? そうした疑問を探究すべく、天理教開祖・中山みき氏の霊言を収録した。

天理教が果たした役割とは

天理教の開祖である中山みき氏が生まれたのは、江戸末期のころ。浄土宗の信仰篤い家庭に育ち、幼いころは浄土宗の尼になりたいと希望していた。

両親に説得され、尼の道をあきらめ、13歳で地元の大きな庄屋の家に嫁ぎ、朝から晩まで必死に働いたという。

天啓を得たのは、長男の足痛がきっかけだった。足痛を治すため、修験者に祈祷を頼んだ時、霊媒の役割を担ったみき氏に、「天理王命」と称する神が降りてきた。これが天理教のはじまりとされる。

最初は、みき氏が嫁いだ中山家の財産を売り払って貧しい人に施したり、病気の人を治したりして、多くの人の信仰を集めた。

教えの内容も、「神様は、人々の暮らしを明るく陽気なものにしたいと願われておられる存在。そうした神様に感謝をし、自らも施しを与え、神様のために働くことが大事」といった普遍的で分かりやすいものだった。また、安産に関する奇跡も数多く起き、信者は村の枠を越えて次第に広がっていった。

このように次々と信徒を獲得していく天理教は、当時の宗教組織にとって疎ましい存在だった。天理教が大きくなるにつれて、「縄張りを荒らされた」と感じた神職や僧侶やたちからの嫌がらせが始まり、明治に入って近代警察制度が発足してからは、時の政府による弾圧が始まった。

開祖である中山みき氏は、生涯で18回も投獄され、暖房設備のない真冬の板間で警察から厳しい拷問を受けた。だが、神の心を伝えたいという念いは消えることなく、最後まで信念を貫いた。

そうしたみき氏の情熱は、後世にも受け継がれ、天理教は明治時代から海外布教を始めている。同教団が母体となっている天理大学は、もともと海外布教を推し進めるための教育を行う、外国語専門学校が前身である。

また、同教団が本拠地を置く奈良県天理市は、現在のところ、日本で唯一、宗教団体の名称に由来を持つ市である。

神への信仰のもと、海外布教、大学建設、宗教都市の設立まで成し遂げた天理教は、まさに宗教界の“革命児"というべき存在だった。

天理王命とはどんな存在なのか?

では、天理教の中心神「天理王命」とはどのような神なのか。

天理教のホームページでは、天理王命を「この世の一切のご守護をなしくださる実の神様」「人間を創り育てられた親なる神様」と定義している。

とはいえ、明確な名前を持たず、過去の宗教を指導した神仏との関係は不明である。さらに、中山みきに降りてきたと言われる十柱の神様の総体的な存在ともされており、謎は多い。

三代目真柱の霊も、この「天理王命」の存在については十分に説明ができなかったようで、幸福の科学・大川隆法総裁のもとに現れた。

では、霊界にいる中山みき氏の霊は、「天理王命」をどんな存在だと認識しているのか。