"反日"県民投票で揺れる沖縄 実は皇室のルーツだった!?

"反日"県民投票で揺れる沖縄 実は皇室のルーツだった!?

 

基地問題などで本土と沖縄の間でいさかいが絶えない。沖縄の独立を主張する人もいる。

だが、2000年以上前から沖縄は日本であり、神々に愛された地だった。(2017年7月号記事再掲記事)

 

 

【久高島】

「神の島」――。

 

沖縄には、そう呼ばれる島がいくつかある。中でも聖地として有名な、沖縄本島南部の沖合に浮かぶ久高島を訪れた。

 

周囲8キロの小さな島には、沖縄の創世神・アマミキヨが天上界から舞い降り、島づくりを始めたという神話がある。

 

アマミキヨが最初に降り立ったとされるカベール岬(写真)。ゴツゴツとした岩礁に打ち付ける波が砕け荒々しい。その様子がかえって創世の地であることを思わせる。

 

不思議なことに、この地に残る神話は日本神話とよく似ている。

 

「天の神がアマミキヨに地上に降りるよう命じた」という神話は、天照大神が邇邇芸命に地上に降りるよう命じた「天孫降臨」のようだ。「アマミキヨが六尺棒を使って久高島などを創った」という神話は、伊邪那岐命と伊邪那美命が矛でかき混ぜて、日本列島を創った「国生み」を思わせる。

 

 

琉球王朝も薩摩も特別視

この島は、琉球王朝(1429~1879年)でも聖地として崇められていた。王朝にとって最高位の御嶽(*1)であった沖縄本島の「斎場御嶽」(南城市)から、国王や神女は海を隔てて5キロ先にある久高島を拝んだという。久高島の東に「ニライカナイ」という理想郷があると信じられていたことも手伝って、島そのものが信仰の対象だった。琉球王朝の王城・首里城が、斎場御嶽と久高島の直線上に建つことも偶然ではないだろう。

 

また、江戸時代の17世紀初め、琉球を統治した薩摩藩は、統治のために派遣した役人7人のうち1人を久高島に常駐させた。薩摩藩にとっても久高島は大きな意味を持っていたようだ。

(*1)祈りを捧げ、神事を行う聖域。

 

 

秋篠宮ご夫妻が訪れた

案内をしてくれた内間豊さん(68歳)は、島の宗教行事を取り仕切る任を6年務め、神話に詳しい。島に秋篠宮ご夫妻が訪れたことがあると言うので交流館に行くと、2001年6月にお二人がいらっしゃった際の写真や、その時に使われた座布団が展示されていた(右写真)。

 

当時の様子を、内間さんは「事前に何の知らせもなく、突然のことでした。農作業に向かうおばあの自転車の籠に鎌が入っているのを見つけ、警察官が慌てて服の中に隠していました」と振り返る。

 

島では皇太子ご夫妻も来られたことがあると言われているが、なぜ皇室の方々がこの島に訪れるのか。弊誌の取材に宮内庁は「公式な記録はない」と答えるが、地元では、「子宝祈願のため」と噂されている。

 

 

【宮古島】

 

照りつける太陽を背に、3階建ての展望台に上ると、目の前にアクアブルーの海が広がった(写真)。

 

ここは、沖縄本島から南西に約300キロ離れた宮古島と橋でつながる来間島の「竜宮展望台」(宮古島市)。海底が透けて見えるほど透明度が高く、「この海のどこかに竜宮城があるかもしれない」と思いたくなるほど美しい。

 

そんな宮古島には、「竜宮」や「海の神」に関する伝説や祭事が多く残っている。その中でも興味深いのが、「失った釣り針」という民話だ。

 

昔、一人の童が大きな魚に釣り針を取られて泣いていた。すると竜宮の神様が現れ、海の生き物を集める。そして、メバルの口から釣り針を探し出して童に返してあげた(『みやこのみんわ〈第二集〉』)。

 

「日本神話の海幸彦・山幸彦にそっくりだ」と指摘する専門家もいる。

 

『古事記』では、海で漁をしていた兄の海幸彦(火照命)と、山で狩りをしていた弟の山幸彦(火遠理命)が、ある時、互いの道具を交換するが、山幸彦は兄に借りた釣り針を海で失くしてしまう。海の神(綿津見神)の宮殿を訪れると、海の魚たちを集めてくれ、アカダイの喉から釣り針が見つかった。

 

この話の舞台は、神々が地上に降りた天孫降臨の伝説が残る宮崎県周辺だとされるが、なぜ似た話が遠く離れた宮古に残っているのか。

 

 

「皇室の先祖が沖縄出身」

鹿児島県・薩摩半島の最南端にある長崎鼻の「龍宮神社」には、先述の山幸彦と結婚した豊玉姫が祀られている。この豊玉姫は、初代の神武天皇の祖母にあたる(左図)。豊玉姫は、龍宮から九州にお嫁に来たという伝承があり、同神社では「龍宮は琉球なり」という説も伝わっている。

 

つまり、九州にいた山幸彦の元に、沖縄にいた豊玉姫がお嫁に来た。だから、宮崎と宮古に同じような話が残っているということなのだろう。

 

皇室のルーツは沖縄にあった。

 

この点について、大川隆法・幸福の科学総裁は2016年1月、沖縄で行った講演「真実の世界」でこう指摘している。

 

この豊玉姫は、皇室の先祖に当たる方です。つまり、沖縄は最近、日本に編入されたのではありません。今から二千年以上前の、『古事記』『日本書紀』が捉えている世界のなかで、皇室の先祖が沖縄出身なのです。もっとはっきり言うと、『どうやら宮古島辺りらしい』ということが分かっています。

『そうした方が、皇室のもとに入っておられるのだ。実は二千年以上前に、日本のなかに入っておられたのだ』ということを知ってください。これが『真実の世界』なのです。沖縄は日本です。絶対に沖縄は日本なのです

 

 

「神武天皇は海の民」

豊玉姫の孫である神武天皇は、その後、高千穂を北上し、福岡、広島、岡山を経由して近畿地方に入り、大和地方を平定。大和朝廷を建て、奈良の橿原宮で初代天皇に即位した。

 

先述の内間さんは、「神武は海を渡って東征しました。船を自在に操る海洋民族だったのでしょう」と語った。

 

確かに、神武天皇の曽祖父にあたる綿津見神は、古事記では「海の神」。海洋民族の高度な技術が神武天皇に受け継がれ、それが大和朝廷を建てる上で、大きな役割を果たしたと言えるだろう。

 

 

【伊平屋島】

沖縄には、日本神道の神々の"足跡"が数多く残っている。

 

沖縄本島北西部、今帰仁村からフェリーで80分の伊平屋島。ここにあるクマヤ洞窟は、「天岩戸神話」の舞台だと伝えられている。

 

ある時、日本神道の主宰神であり、太陽神である天照大神が、弟の須佐之男命の乱暴な振る舞いに耐えかねて洞窟に隠れたことで世界が真っ暗になった。

 

天照の気を引こうと、神々が周囲で歌い踊っていると、天照は石の戸を少し開けた。待ち構えていた天手力男神が戸を引いて、天照を外へ導くと、世界に光が戻ったという神話だ。

 

天岩戸神話は宮崎県の高千穂をはじめ、各地に数多く存在するが、その中でもこのクマヤ洞窟は、江戸時代に、本当の岩戸はどこか、という大きな論争が起きた無視できない場所である。

 

 

「神話が残っていることが誇り」

伊平屋島に住む西銘真助さん。

 

「沖縄 超・古代史研究会」の大嶋恒夫会長。

洞窟を訪れると、入り口は人一人が通るのがやっとというぐらい狭く、大きな石があればふさげそうだ(写真2)。しかし、内部はとても広く、天井の高さは約6メートルあり、足元には砂地が広がる。岩から染み出した雨水が壁を伝っており、飲み水にも困らない。入り口の上部から光が差し込むため、とても明るい(写真3)。

 

伊平屋村の歴史に詳しい西銘真助さん(67歳)はこう話す。

 

「天照大神がお隠れになった天岩戸がどこか、ということは確かめようがありません。でも、神話が残っていること自体が、この島の誇りです。こうした神話を詳しく知る人は地元でも減っているので、一人でも多くの人に語り継いでいきたい」

 

先の大戦で、沖縄本島や各離島は戦地となったため、古文書や行政の統計など数多くの資料が失われた。そのため、神話などもうまく継承されていないという。

 

今回の取材に同行してくれた「沖縄 超・古代史研究会」の大嶋恒夫会長はこう指摘する。

 

「歴史を失った国は滅びると言います。歴史とは国民の誇りそのものであり、アイデンティティです。そもそも天皇という存在は日本神道の神官の長であり、天照大神の直系の子孫。この事実を、日本人はもう一度思い起こすべきでしょう。それが、この国を末永く護ることにもつながっていくと思います」

 

(写真1)クマヤ洞窟の近くにある「クバ山」。皇室にとって神聖な植物だとされるクバの木で覆われている。
(写真2)クマヤ洞窟の入り口。
(写真3)洞窟の内部は広く、数十人は入りそうだ。

 

伊平屋島の海岸。午後の陽を海面が反射する。

 

【関連記事】

2019年2月12日付本欄 沖縄基地問題、国を獲られたチベット人はどう見る? ペマ・ギャルポ氏に聞く

https://the-liberty.com/article.php?item_id=15397

 

2019年2月3日付本欄 「沖縄の現状」についてどう考えるか 八重山日報・編集長に聞いた

https://the-liberty.com/article.php?item_id=15377

タグ: 沖縄  皇室  日本神道  天照大神  神話  アマミキヨ  

Menu

Language