マスコミは日々の出来事を“客観的”に記事やニュースにしているという建前だが、どの出来事を、どれぐらいの扱いで、どんな風に取り上げるかという点に、その媒体の意図や「価値観」が表れる。

25日付朝日新聞は一面トップで、大々的に「原発協定 近隣も要請」と報じている。内容は、原発を抱える自治体は住民の安全確保のために、電力会社と「原子力安全協定」を結び、原発を運転する際に発言機会を設けるなど一定の拘束力を持つ。だが、その近隣の市町村の多くは協定を結んでいないため、震災後、協定を結ぼうとする動きが相次いでいるというもの。同紙の調べでは、全国で7カ所の原発の近隣2府県と38市町村が要請しているという。

記事は、あくまで「こうした事実がある」という“客観報道”の形をとっているが、「原発事故を受け、立地自治体の外にも被害が及ぶことがわかった」という自治体担当者の声を紹介し、「各電力事業者は対応を迫られている」と表現。「脱原発」の世論を喚起しようという意図が透けて見える。

朝日新聞に限らず、マスコミは「不偏不党」や「公平さ」を建前にしているが、記事やニュースには必ずその媒体の「価値観」が込められている。仮に弊誌が、上記の朝日新聞がつかんだ情報で記事を書けば、「近隣自治体に不安が広がっている。だが、放射線は現在のように大規模に避難しなければならないほど危ないものではなく、マスコミの原発報道が『風評被害』そのものである。一刻も早く全国の原発を動かし、個人の消費や企業活動を活発にしていこう」となるだろう。

私たちは仕事や日常生活でも、周囲の人の性格や見識を見て、その人が言うことをどの程度信じられるか判断しているはずだ。新聞やテレビが伝えることは盲目的に信じがちだが、常にその媒体がどんな思想や意図を持っているのかを意識して、情報選択していきたい。(格)

※参考記事

2011年7月号「原発を救え!」( http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=2048

2011年8月号「民主党政権をつくったマスコミの責任を問う ―「国難」は09年衆院選の報道から始まった―」(今月30日発売)