《本記事のポイント》

  • "インフラ"とは名ばかりの「インフラ投資計画」のために増税!?
  • 法人税の従業員負担率は50%!
  • 法人減税をしてでも企業に雇用を維持してもらうべき

アメリカで法人税28%への増税案が示された後、ジャネット・イエレン米財務長官は、法人税率の「引き下げ競争」を「底辺への競争(Race to the Bottom)」と呼び、これを終わらせ、国際的な最低税率を導入するよう訴えた。

長年にわたって法人税の減税競争が行われてきた。企業は租税回避地に簡単に逃げられる。だからアメリカ国内から逃げられないようにしようという構想だ。

台所事情から国際的な法人減税競争を阻止する意志を固めたアメリカ

米財務省は7日、2兆5000億ドル(約275兆円)規模の増税となる「メイド・イン・アメリカ」税制案を公表。トランプ前政権が2017年末に35%だった連邦法人税率を21%に下げたが、それを28%に上げ、3月末に発表した約2兆2500億ドル(約245兆円)のインフラ投資計画の財源に充てるという。税率はその後、反対する民主党議員をなだめるために25%に修正された。

また海外収益に対する課税最低税率を21%まで引き上げる。トランプ政権以前は、アメリカ国内の税率が高いため、アイルランドなどの税率の低い国に、子会社をつくり高い法人税から免れようとする企業が多かった。それを防ぐために、法人の海外収益にも課税し、海外に流出する企業を減らす目論見である。

このイエレン氏の発言を歓迎したのは日本。日米欧に新興国を加えた主要20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁は7日、オンラインで会議を開き、日本からは麻生太郎財務相と黒田東彦日銀総裁が出席。麻生氏は閉会後の記者会見で「今年半ばまでの合意のコミットメント(公約)を示せたことは大きな成果だ」と評価した。

自民党の下村博文政調会長は7日の記者会見で「国際的に連携して法人税の引き上げなどを検討するのは我が国にとって望ましい」と述べ、OECDの協調路線に従う予定である。「大きな政府」路線で、米民主党とはそりが合うのだろう。

"インフラ"とは名ばかりの「インフラ投資計画」

だが財源の前に使用目的が問題だ。アメリカでは2兆ドル(約220兆円)の"インフラ投資"を賄うために増税するというが、道路や橋、トンネルといったインフラに充てられるのは、2兆ドルのうちのたった5%である。

それ以外は、気候変動対策、労働組合への強制加入、銃規制や堕胎のための補助金にもかかわらず、「インフラ」の名目でばら撒かれる。要するに、民主党がやりたいことにお金を使う法案で、「インフラ」は"おまけ"なのだ。

それを「インフラ」というパッケージにすると、国民はあっという間に騙されてしまう。要するに、インフラは一つの口実で、政府丸抱えで国民を管理する「大きな政府」へと転換する機会にしたいのだ。

日本でも過去ソーシャル・キャピタル(社会資本)という考えが左派によってもてはやされたことがあったが、それがより極端に反映された法案だと言える。

そんなことのために「2.5兆ドル」もの増税をすること自体が論外である。しかも、そのためにアメリカの法人税を上げたり、この機に乗じて、企業の海外移転を防ぐ意図から国際的な法人税の最低税率を定めたりするために、各国に協調を要請するのは馬鹿げていないか。

日本は国家主権を手放すべきではない

バイデン政権の一連の動きは、いくつかの点で問題がある。独立国家である以上、各国は自国の政治を干渉されずに行う権利がある。

国際的な課題に対して主要国が協調する必要があるのは当然だが、財政や予算は国家主権の問題である。各国の対内主権の行使の結果として、自国の歳入をいかにして増やすかについての方法論は、各国に裁量の余地がなければならない。例えば減税政策で海外から日本に製造業を戻したり、企業を呼び込んだりすること自体は、各国に委ねられる問題である。

バイデン政権は法人税の国際的な最低税率を21%にしたいという。もしそれに合意した場合、日本は将来的に20%以下の税率にする機会を失ってしまう。

また国際的な最低税率を設定したり、拠点のない海外でも収益に課税できたりするようになれば、アイルランドなどの租税回避地をなくせるという期待もあるようだが、21%という高い数値ですんなりと落ち着くとは思えない。

トランプ前政権下では法人減税で税収が増えた

OECDの関係国による合意が行われるのは7月だという。仮に国際的に最低税率を定めたとしても、アメリカでは、一部の州を除き州でも法人税が課されるため中国の25%よりも高止まりする。このため、企業の流出を止めるのは簡単ではない。

また企業の海外収益に課税したとしても、アメリカ国内での雇用は失われると同時に、製造業の場合は継承すべき技術も失われる。

「増税し分配するというのは一見簡単にできそうだが、経済は静止したものではない。経済はインセンティブによって動くからです」。そのように経済の本質を洞察するラッファー博士は、2017年末のトランプ氏による大型減税の立役者である。2017年の大型減税後、博士は筆者に対しこう語った。

「大型の減税政策によって、数年のうちに少なくとも3~4%の経済成長率を達成し、次の10年の繁栄を創り出すでしょう。私の見積もりでは次の10年で1.5兆ドル(約160兆円)の税収アップにつながります。また州政府や地方自治体の税収も増えます。税収は減るのではなく、増えるのです」(本誌2018年4月号)

米商務省の2017年末の見通しでも、10年で実質GDPが平均2.9%の成長率となった場合、合計で1.8兆ドル(約196兆円)の税収をもたらすため、1.5兆ドル(約165兆円)減収しても、3000億ドル(約33兆円)の黒字を生み出せると述べていた。

実際、2018年の4月から6月期の実質国内総生産は、年率で4.2%増となった。新型コロナが広まる以前、先進国の中で経済成長率が3%~4%が視野に入っていたのは、アメリカだけだった。結果として、法人税による歳入は1.1兆ドル(119兆円)も増えたという。

法人税の従業員負担率は50%以上!

また法人税と賃金には負の相関関係があり、法人増税は従業員に払う賃金が安くなるという形で影響を与えるという研究もある。マット・ジェンソン氏とアパルナ・マーサー氏による2011年のアメリカン・エンタープライズ研究所の研究によると、法人税は従業員が50%以上も負担しているという。「隠された税金」となっているのが法人税の実態なのである。

一方で、法人税等の大型減税を受け、トランプ政権下で好景気が到来。2019年には、標準世帯層の所得は当初の予測の4000ドル(約44万円)を上回り、4379ドル(約48万円)となった。個別にみると、黒人世帯の所得は3328ドル(約36万円)、ヒスパニックは3731ドル(約41万円)、アジア系アメリカ人は9400ドル(約102万円)も上昇するという成果を上げた。

減税、設備投資増、経済成長、雇用の増加、世帯所得増、そして歳入増と全てが好転。上げ潮は全ての船を浮かばせた。トランプ政権は、人々にもっとしてほしいこと、つまり働くことへの課税を下げることで、人々のやる気を高めて繁栄する経済をつくった。

トランプ前政権はアメリカをアイルランドに近づけた

こうした前政権の経済的成果をひっくり返し、働くという善なることに課税しようとするのが、「大きな政府」を目指すバイデン政権である。

そもそもラッファー博士らがトランプ前政権に提案した連邦法人税率は15%で、税をフラット化して繁栄したアイルランドの法人税率12.5%に近づけていく計画だった。

福祉国家色の強かったアイルランドは、1990年代に福祉改革や国有企業の民営化が行われるまで経済成長は停滞していた。そこで改革を行うのだが、法人税率を48%から12.5%に下げたことが基点となり、1000社以上の国際企業が進出。外国資本への門戸開放から奏功し、国民全体が恩恵を受けた。

「アイルランドのような抜け駆けは許さない。租税回避地は悪だ。大企業は敵視すべきだ」といった考えに基づいて、全世界を巻き込んで法人増税を行おうとしているのが、バイデン政権である。

もちろんGAFAなどの巨大IT企業が社会的責任を十分に果たしていないという問題は別途ある。だが、それをもってトランプ前政権の成果を逆回転させるのはあまりに智慧がないのではないか。

法人減税をしてでも企業に雇用を維持してもらうべき

そもそも資本主義とは、経済のパイが拡大し続けることである。そのためにはアイルランドのような国に企業が逃げていくのを止めようとするのではなく、自国の法人税を下げ、企業が雇用や設備投資をしやすくなる環境を整えるほうが先決である。

本来、税金は安ければ安いほどいい。どの国でも一定以上の法人税を課せるようにして、企業の逃げ場がなくなるよう国際的に協調するという今回の動きは、全世界で「大きな政府」をつくる運動にほかならない。

だが法人増税を負担するのは「従業員」。大企業をいじめれば、従業員が傷つくのである。コロナ禍の今、法人減税をしてでも企業のキャッシュを厚くして、雇用を維持してもらうべきところに、増税路線を打ち出して、働かないことにお金を支給するバイデン政権。

この動きは将来的に国の経済を縮小させる力として働くことになる。分配するパイが小さくなれば、貧しさの下の平等がやってくる。そうした未来が見えないバイデン政権に、日本は協調している場合ではないだろう。

(長華子)

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