オーストラリアのケビン・ラッド元首相がこのほど、21世紀の米中関係に関する報告書を米ハーバード大学で公開した。

報告書の大きなテーマの一つは、「二つのアジア」が台頭しつつあることだ。中国が席巻する「経済のアジア」と、アメリカが主導する「安全保障のアジア」である。中国がアジア諸国との間で行う貿易は、アメリカのそれを大きく上回っている。しかし、それらのアジア諸国の多くはアメリカと軍事同盟や安全保障条約を結んでいる。

問題は、このような構図の下で、二つの大国がアジアで対立する構図ができ上がることだ。

報告書の中でラッド氏は、米中は必ずしも敵対する必要はないと言う。同氏が提言する米中の今後の政治方針として、両国が協力して「アジア・太平洋共同体」をつくり、「信頼し合える関係を構築し、より透明性がある安全保障環境をつくる」べきとした。

だが、このような提言はいささか「甘い」のではないか。確かに、アジアは経済・安全保障の間で二つに割れ始めている。アジア諸国は、中国との貿易で経済を発展させることと、アメリカとの軍事関係を保つことで国の安全を守ることの間で揺れている。

アジア諸国は、周辺諸国の領土・領海を侵し、侵略的意図をちらつかせている中国を恐れているからこそ、アメリカの軍事力に頼っているのだ。つまり、アジアを二つに割っているのは、中国の覇権政策・侵略主義と言える。

そもそもラッド氏は親中派として知られており、2007年に首相になった後、最初に訪問した国が中国でその後アメリカ、ヨーロッパ諸国を回った。当時最大の輸出相手だった日本を訪れず、日豪関係を悪化させた。さらに、中国から大量のインフラ投資や資源開発投資を呼び込み、オーストラリア社会でも、中国に戦略物資を握られてしまうことに危惧する声が噴出した。

また、ラット氏が首相のころから提唱し、今回の報告書の中にも記している「アジア・太平洋共同体」構想は、日本の民主党政権の「東アジア共同体」を彷彿とさせる。日本では、「東アジア共同体」の提唱によって中国に隙を見せたために、その後、尖閣諸島の問題が悪化したと言える。

中国の侵略的な行為が激しくなるにつれ、アジアはラッド氏が思い描く「共同体」ではなく、「ゼロサムの対立」へと向かおうとしている。

この状況を打破するには、中国以外に、東アジアの経済を牽引できる国が現れる必要がある。そのような国が現れれば、アジア諸国は安全保障と経済発展の間で板ばさみにならずに済む。

その役割は、やはり日本が担うべきではないだろうか。日本は、新しい経済領域を開拓・創造し、同時に、アジア諸国から多くのモノを買えるような「経済大国」になる必要がある。

もちろん、アメリカの軍事力も大事だ。日本はその覚悟ができてこそ、中国の覇権主義に大きな楔を打ち込むことができる。(中)

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