《本記事のポイント》
- 東日本大震災の後、霊体験をする人がたくさんいた。
- 本誌2016年9月号でも「もう一度会いたい幽霊の話」を特集した。
- この世に生きる人が正しい生き方をすることで、迷える霊を救うことができる。
2011年3月11日の東日本大震災から、11日で丸6年が経つ。この大震災によって亡くなった方は、1万5893人、行方不明者は2554人にのぼる(3月1日時点)。
ダイヤモンドオンライン(10日付)には、被災地で聞いた霊体験を集めた書籍『魂でもいいから、そばにいて――3.11の霊体験を聞く』の紹介記事が掲載された。記事では、極めてリアルな亡くなった家族の夢を見る人の話や、何気なく撮った自宅の写真に亡くなった息子が映っていたりといった体験談が紹介されている。
こうした体験によって、遺された人たちの「心の復興」が進んでいることや、「あの時もし、こうしていたら、家族は助かったのかもしれない」という罪の意識から解放されることを指摘している。霊体験が救いになっていることが、この記事からは読み取れる。
亡くなったあの人を感じた霊体験
本誌でも、2016年9月号で、「もう一度会いたい幽霊の話」という特集を組んだ。幽霊というと、普通は「あまり会いたくない」ものだが、「また会いたい」と思うような心温まる霊体験を集めたものだ。供養の思いを持つにあたって、ここで一部紹介したい。
東日本大震災の津波でお兄さんが行方不明になったという宮城県気仙沼市のタクシードライバーの男性は、震災後何度もお兄さんの霊の存在を感じたという。「庭の砂利の上や廊下を歩く足音を月に1回ほど聞くんです。確認しても誰もいません。聞こえるのは家族で私だけ。兄の家は、今誰もいないので、私のところに遊びにきているのでしょうか」。
東日本大震災に限らず、霊体験は多く寄せられた。
北海道のある女性は、当時33歳だったご主人を突然の事故で亡くした。娘が生まれてから19日後の悲劇だったが、実は娘の本来の出産予定日は、ご主人が亡くなった次の日だった。なぜか「早く生みたい」という気持ちに駆られていたこと、なぜかひどかった娘の夜泣きがピタリと止まったことなど、まるで、ご主人が「娘を少しでも多く抱けるように」と仕組まれていたかのように不思議な出来事があったという。
葬儀の2週間後のある日、すぐそばにご主人の存在を感じ、「○○(女性の名前)には悪いけど、天国ってほんっとうに良いところだよ」というご主人の声が心に響いてきた。その言い方がとても彼らしく、心がじんと温かくなったという。
東京・渋谷で街頭インタビューを行ったところ、次のような霊体験を聞くことができた。「最近亡くなった母が、夢に出てきました。ニコニコしてて、幸せそうな世界にいる感じだったので、安心しました」(20代・女性)、「死んだ祖父が夢に出てきました。私が野菜嫌いなので、『野菜を食べろ!』と言って冷蔵庫に野菜をたくさん入れていきました」(10代・女性)。
正しい生き方をすることが、迷える霊たちを救う
古今東西、こうした霊体験の報告は山のようにある。それは、遺された人が「心の復興」をするためでも、罪の意識から逃れるためでもなく、本当に霊が存在するからだ。人間は肉体が死んでも魂は死なず、魂として生き続ける。
大川隆法・幸福の科学総裁は著書『正しい供養 まちがった供養』の中で、この世に生きる人が亡くなった人に手向けるべき供養について、次のように述べている。
「 来世では、反省さえきちんとすれば、みな天国に還れます。自分自身の心の針の方向を変えて、思いを入れ替えれば天国に還れるのです。しかし、亡くなったご先祖には、そういうことが分からないので、生きている子孫のほうが実践してみせるのです。
先祖はいつも家族のほうを見ているので、子孫が実践してみせると、『ああ、こういうふうにするのだな。ああいう考え方をするのだな。人に愛を与え、それを手柄にしない。人に優しく生きていく。そういう生き方を私の子孫はしているようだ。なるほど、自分はそういう生き方をしなかったな。これが間違いなのだな』と気づいていただけます 」
地上で迷っている霊や地獄に行ってしまった霊にとっては、家族の姿が頼りだ。遺された家族一人一人が愛を与えて生きていれば、その姿を見ている。人として正しく生きることが、愛する人を天国に導くことにつながっていく。
霊体験に救われるのではなく、この世に生きる人が、霊たちの救いになることができるのだ。
(山本泉)
【関連書籍】
幸福の科学出版 『正しい供養 まちがった供養』 大川隆法著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1811
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