米アシュトン・カーター国防長官が、米下院軍事委員会で、イラクが分裂する可能性を示唆したことを、このほど、米政治情報紙ワシントン・エグザミナーが報じた。

カーター氏は、イラクが統一された国家意識の下で機能できず、イスラム教のスンニ派、シーア派、そしてクルド人が支配する3つの国に分裂する未来があり得ると指摘する。

理由は、シーア派の政権である現在のイラク政府が、国内のスンニ派を排斥している事実があるからだ。そのため、同じスンニ派の「イスラム国」相手に、イラク軍内のスンニ派部隊は戦おうとせず、5月に主要都市の1つであるラマディが陥落。イスラム国の支配下に置かれた。

イラクやシリアはもはや国ではない?

識者の中には、「イラクやシリアはもはや国ではなく、事実上分裂している」と指摘する者もいる。米コラムニストのチャールズ・クラウトハマー氏は、米地方紙タルサ・ワールドに寄稿し、第一次大戦後に英仏が中東の国境を勝手に引いたサイクス・ピコ協定はすでに崩壊しており、中東の未来は「バルカニゼーション」しかないという。

「バルカニゼーション」(バルカン化)とは、国などが、より小さな対立する国々に分裂していく様を表わす。元々、バルカン半島や中東の大部分を支配していたオスマン帝国が、第一次大戦後に崩壊し、ユーゴスラビアやブルガリアなどの国々に分裂したことを語源としている。1990年代にはユーゴスラビアが民族間の紛争が起こり、さらに分裂している。

欧米の植民地政策の名残に対する巻き返しが起きている

歴史的に見ると、いま中東では、欧米が第一次世界大戦後に行った植民地政策の名残に対して、巻き返しが起きているといえる。

たしかに、イラク国内の民族対立が解消できないものであれば、分裂も一つの手なのかもしれない。実際、オスマン帝国の崩壊で引き起こされたバルカン半島の民族紛争は、相次ぐ分裂でやっと住み分けができるようになり、落ち着いた経緯がある。

中東では、歴史的に「強権な独裁者が力で混乱をねじ伏せる」ことで内紛や混乱を抑え、国をまとめてきたが、今それをやろうとすれば、多くの血が流れるだろう。

それを防ぐには、イスラム圏が、「誰もが納得し、共有できる宗教・思想・信条をもとに統一を果たす」か、「宗派や民族の間に境界線を引き、紛争を終結させる」かの選択しかないのかもしれない。

国際社会は、中東の混乱が他の地域に波及するのを抑えつつ、中東の人々がお互いを尊重し、共存できるような選択をするために、思想・政治・経済・安全保障のあらゆる面で支援を続けるべきである。(中)

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2015年4月号記事 中東の憎しみの連鎖を断つには――国際政治にも「許し」を(Webバージョン) - 編集長コラム

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