集団的自衛権容認に向けて検討開始 戦争はすべて悪なのか?

集団的自衛権容認に向けて検討開始 戦争はすべて悪なのか?

 

大川隆法総裁 法話レポート

 

安倍政権 集団的自衛権容認へ
「国民を護り、世界の平和に寄与すべきだ」

 「愛が時代を動かす」 2014年5月17日 

 

 

 安倍晋三首相が、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使容認に向けて検討を進めていくと表明したことで、議論が巻き起こっている。

 この安全保障政策の大転換に対し、一部メディアからは「日本が戦争できる国になる」「憲法に基づいて政治を行う立憲主義からの逸脱」といった批判の声もあがっている。自民党と連立を組む公明党も同様の慎重論で、政権の足並みは大きく乱れている。

 この問題をどう考えるべきなのか。幸福の科学グループ・大川隆法総裁は5月17日、静岡県浜松市にある中部正心館で行った法話「愛が時代を動かす」の中で、集団的自衛権についての見解を述べた。

 

 

日本はアジアの平和を守る責任がある

 大川総裁は、集団的自衛権の行使容認を急ぐべき理由として、日本の尖閣諸島有事のみならず「中国とベトナム、フィリピンの戦争がいつ始まってもおかしくない」という国際情勢の緊張を挙げた。

 

 現在、南シナ海において中国とフィリピン、ベトナムの衝突が多発している。

5月6日には、ウミガメの密漁をしていた中国漁船を、フィリピン当局が拿捕し、中国側が反発するという事件が起こった。

 7日には、南シナ海・西沙諸島付近の海域で、ベトナムの巡視船が中国の公船による衝突を受け、ベトナムの船員に6人の負傷者が出た。問題となった海域は、ベトナムの排他的経済水域に当たるが、中国が石油の掘削を始めていた。

 このように、南シナ海の状況は緊迫したものになっている。

 

 大川総裁は、アメリカのオバマ大統領が政権末期で力を失い、軍事的にも「撤退」に入っていること、クリミア問題でロシアへの備えに戦力を割いている状況が、この背景にあると語った。中国はアメリカが何もできないところを世界に見せて、この海域を実効支配できるところをPRしていると分析した。

 

 そうした中、不法な攻撃を受けた隣国を救うためにアメリカが戦っているのに、日本が「集団的自衛権の行使が認められていない」といって何もしなければ、「近隣諸国の日本に対する不信感が生まれ、ASEANのリーダーとしての日本への信頼感は、大きく失われていく」と警告。

 日本にとっても、有事の際はこの地域に進出している日系企業を保護する必要がある。また、原発停止でエネルギー供給が不安定化する中、中国が同地域の制海権を握れば、中東から石油が運ばれるルートも断たれかねない。

 

 大川総裁は、「アジア・オセアニア地域の平和の維持のために、力を行使できるような日本にならなければならない」とリーダー国家としての自覚を促した。

 

 

善悪を判断する智慧は、神仏の心を探究する中に得られる

 こうした状況にも関わらず、日本では集団的自衛権の行使容認や憲法九条改正への反対論が根強い。その背景には「戦争は全て悪」という考え方があるが、大川総裁はそれに対して「善悪を判断する智慧がない」と喝破した。それは突き詰めていえば、「神仏の心が分からないということ」だと述べた。

 

 人々を助け、社会の秩序を護るために、警察官が実力行使するのと、自分の利得のために、人を不幸に陥れてもかまわないと考える犯罪者が実力行使するのとでは、価値判断において違いがある。

 これを現在の国際社会に照らして述べれば、国民の信教や言論の自由を奪い、武力を背景に他国の権益を侵そうとしている中国や、自国民が飢えに苦しんでいるのに核兵器を作り続けている北朝鮮の中には邪悪なるものがあり、それを防ぐための武力行使は必ずしも悪とはいえないということだ。

 

 大川総裁は、本法話の中で、中国や北朝鮮といった全体主義国家について触れ、「全体主義とは、人々を愛する神仏の心を無視した国家の暴走」と定義づけた。

 無神論、唯物論を国是とする国においては、この世で勢力を拡張し、利益を求め、命を長らえて繁栄することが最高のことだと考えるようになる。そうした国においては、政治指導者たちが、「邪魔者を消していく」という思想が横行し、人々が各自の幸福のために自由を行使することが許されなくなる。

 

 一方、神仏を信じ、霊的世界を信じる立場に立つならば、「永遠の生命のなかでの善悪とは何か」を考えるようになる。ゆえに、こうした立場に立つ信仰者たちは「信仰心に基づいて善悪を判断し、正義を実現していく勇気」が必要とされていると強調した。

 

 

「法律のために人間があるのではなく、人間のために法律がある」

 集団的自衛権の行使容認に向けて憲法解釈を変更するという安倍首相のやり方については、「立憲主義を守るために、時の内閣が解釈を変更するのではなく、選挙や国民投票といった手続きを経て、憲法を改正することが必要だ」という意見もある。

 

 こうした批判について、大川総裁は「法律のために人間があるのではなく、人間のために法律がある」と指摘した。

 憲法の遵守や、その改正手続きにこだわって、日本人の生命、安全やアジアの平和を危機に陥れてしまえば、元も子もない。もちろん憲法9条を改正するのが筋であるが、現状は、憲法改正の手続きを踏んでいては間に合わないほど緊迫した状況にある。

 

 大川総裁は、「『国民を護り、世界の平和に寄与する』という一点を貫くべき」であり、「愛の行為が、同時に神仏の願う正義とも一致していくよう、努力すべき」と主張した。

 

 日本には今、国家レベルで、智慧を伴った愛の行為が求められているといえるだろう。

タグ: 大川隆法  法話  集団的自衛権  戦争  善悪  正義  法律  憲法九条  神仏  智慧  全体主義    

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