仕事や人間関係に疲れた時、気分転換になるのが映画です。
映画を選ぶ際に、動員数、人気ランキング、コメンテーターが評価する「芸術性」など、様々な基準があります。
アメリカでは、精神医学の立場から見て「沈んだ心を浮かせる薬」になる映画を選ぶカルチャーがあります。一方、いくら「名作」と評価されても、精神医学的に「心を沈ませる毒」になる映画も存在します。
本連載では、国内外で数多くの治療実績・研究実績を誇る精神科医・千田要一氏に、悩みに応じて、心を浮かせる力を持つ名作映画を処方していただきます。
世の中に、人の心を豊かにする映画が増えることを祈って、お贈りします。
今回は、臓器移植を「する人」と「される人」について。
◆ ◆ ◆
(1)「アイズ」(★★★★☆)
まずご紹介する映画は、「アイズ」(2008年、アメリカ映画、97分)です。角膜移植手術を受けた盲目のバイオリニストに巻き起こる神秘体験を描いています。
ロサンゼルスで活躍する若手バイオリニストのシドニー・ウェルズ(ジェシカ・アルバ)は、幼いころの事故が原因で視力を失っていましたが、脳死者から角膜移植手術を受け、無事に成功、視力を回復します。
ところが、視力回復直後から、奇妙な体験が始まります。たとえば、病院の隣のベッドで眠っていた患者が黒い人影とともに病室を出ていくのを見た翌朝、その女性が亡くなっていたり、退院後、自殺した人達の姿が見えたり。
混乱したシドニーは、医師のポール・フォークナー(アレッサンドロ・ニヴォラ)に相談しますが、すべて「移植ストレス」のせいだと決めつけられます。
シドニーは、角膜提供者(ドナー)に謎を解く鍵があると気づき、ドナーがアンナというメキシコ人女性であることを突き止めます。そして、アンナには人の死や災害を予知する能力があり、そのせいで魔女として扱われ、自殺を遂げたことが判明。シドニーはポールとともにアンナの生家を訪れ、アンナの母親と面会します。
はたして、シドニーの怪奇現象は終息していくのでしょうか──。
実際の医療現場でも、以前から、心臓や肝臓を移植された患者(レシピエント)に、趣味嗜好の変化が見られ、ドナーの性格まで移植されたことが報告されています(クレア・シルヴィア『記憶する心臓』角川書店、1998年)。衝撃的なのは、心臓を移植されたレシピエントがドナーを殺した殺人犯を思い出し、その証言を元に犯人が逮捕されたケースまであります(ポール・ピアソール著『心臓の暗号』参照)。
2009年に改正された「臓器移植法」では、臓器移植は本人が拒絶する意思を表示していない限り、家族の承認だけで認められるようになりました。さらに、15歳未満の未成年脳死者からの臓器提供も可能になっています。
自分の臓器を提供する意思表示として、(1)インターネットによる意志登録、(2)運転免許証や健康保険証などの意思表示欄への記入、(3)意思表示カードへの記入、の3通りが用意されていますが、大多数の日本人は、自分の臓器を提供すべきかどうか迷ってしまい、「判断を保留している」ことが多いのではないでしょうか。
つまり、軽い気持ちで臓器提供意思表示を保留していると、万が一の時、自分の意志にかかわらず臓器が提供されてしまうかもしれません。
また、これまでは臓器を提供する場合に限って、「脳死は人の死」とされてきましたが、徐々に脳死の基準が緩和されてきており、当人や家族の意向がどうであろうと一律に脳死が「人の死」の基準となりかねない状況になっています。
現代医療は「人の死」を肉体面(脳死)だけで判断し、臓器移植を行っていますが、それだと、上記のような現象は説明できません。やはり、医療には「霊的側面」が欠かせないということでしょう。
(2)「ジョンQ -最後の決断-」(★★★☆☆)
次にご紹介するのは、「ジョンQ -最後の決断-」(2002年、アメリカ映画、116分)で、臓器移植の臨床現場で実際に想定される家族の葛藤を描いた意欲作です。
ある日突然、心臓病を発症し昏睡状態に陥った少年マイク(ダニエル・E・スミス)には、心臓移植しか助かる道がなくなります。悲しいことに、父親のジョンQ(デンゼル・ワシントン)の健康保険では、心臓移植の治療費はカバーされません。
そこでジョンは、拳銃を手に、病院の救急病棟を占拠。医師、看護婦、患者らを人質に立てこもり、息子の心臓手術を要求します。そしてマスコミ報道により、世間の注目が集まっていきます。
結局、マイクに適合する事故死した女性の心臓が手に入り、マイクの命は助かります。世論の同情論が集まる中、ジョンの裁判が始まります。彼の行為は、有罪になるのでしょうか……。
臓器移植では、臓器の需要数に比べて圧倒的に供給量が足りません。本作のように、市場原理をそのまま当てはめると、経済的余力がなければ希少な移植臓器は確保できません。
またその歪みが「臓器売買」や「臓器狩り」の問題となって噴出しています。世界保健機構(WHO)によると、世界中で移植に使われる臓器のうち、ブラックマーケットで入手されるものは10%にも上るといいます(スコット・カーニー著『レッドマーケット』参照)。
一層深刻なのが、共産主義を標榜する唯物論国家・中国です。中国では1984年以降、死刑囚の臓器採取が始まり、2000年からは、宗教弾圧された法輪功の信者から「生きたまま」臓器摘出されています(デービッド・マタス、デービッド・キルガー著『中国臓器狩り』参照)。もはや、国家によって「組織的虐殺」が進められている状況なのです。
(3)「わたしを離さないで」(★★★★☆)
最後にご紹介するのは、2017年にノーベル文学賞を受賞した石黒一雄の英語原作『Never let me go』を実写化した映画(2010年、イギリス・アメリカ映画、105分)で、臓器移植とクローン技術をテーマにしています。
緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校ヘールシャム。そこで学ぶキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)の3人は、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきました。
しかし、外界と完全に隔絶したこの施設にはいくつもの謎があり、「保護官」と呼ばれる先生のもとで絵や詩の創作に励む子どもたちには、帰るべき家がありません。
18歳になって、校外の農場のコテージで共同生活を始める3人。生まれて初めて社会の空気に触れる中、複雑に絡み合ったそれぞれの感情が、3人の関係を微妙に変えていきます。
やがて、彼らはコテージを出て離れ離れになりますが、それぞれに逃れようのない過酷な運命が待っています。
それは、臓器移植のドナーにならなければならないというものでした。彼らは、ドナーになるために遺伝子操作され、この世に生を受けたクローン人間だったのです。
近未来で人類を待ち受けている「クローン問題」を先取りしていて、唯物論ではこの生命倫理問題は割り切れないことを実感する作品です。結局、「魂の有無」が問題で、「クローン動物やクローン人間には魂がない」と考えるかどうかが問われます。臓器移植とも絡んで、「宗教的アプローチ」が必要になるでしょう。
他には、以下のような映画がオススメです。
「ガタカ」(★★★★☆)
遺伝子工学の進歩で胎児期に劣性な遺伝子を排除して、より完成された人間として生まれることができるようになった近未来社会。人間は、遺伝子の優劣で人生が決まるようになっていました。主人公のヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク)は、遺伝子操作せずに自然の形で生まれたため、遺伝的に心臓が弱く、長くても30歳までしか生きられないと宣告されていました。社会から「不適正者」という烙印を押されていましたが、彼には「夢」がありました。宇宙飛行士になる夢です。普通では、「不適正者」は宇宙飛行士にはなれませんが、彼はその困難に立ち向かいます。
「私の中のあなた」(★★★☆☆)
白血病の姉のドナーとなるべく生まれてきた妹が、11歳になって姉への臓器提供を拒んで両親に訴訟を起こす姿を通し、「家族のありかた」や「命の意味」を問いかける生命倫理映画です。
精神科医
千田 要一
(ちだ・よういち)1972年、岩手県出身。医学博士。精神科医、心療内科医。医療法人千手会・ハッピースマイルクリニック理事長。九州大学大学院修了後、ロンドン大学研究員を経て現職。欧米の研究機関と共同研究を進め、臨床現場で多くの治癒実績を挙げる。アメリカ心身医学会学術賞、日本心身医学会池見賞など学会受賞多数。国内外での学術論文と著書は100編を超える。著書に『幸福感の強い人、弱い人』(幸福の科学出版)、『ポジティブ三世療法』(パレード)など多数。
【関連サイト】
ハッピースマイルクリニック公式サイト
千田要一メールマガジン(毎週火曜日、メンタルに役立つ映画情報を配信!)
【関連書籍】
幸福の科学出版 『幸福感の強い人弱い人 最新ポジティブ心理学の信念の科学』 千田要一著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=780
HSU出版会 『人間幸福学のすすめ』 第4章 人間幸福学から導かれる心理学 千田要一共著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=2152
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