親子の絆とは、遺伝子の繋がりか、はたまた育てられたという事実か……と考えさせられるニュースが相次いで報じられた。

フランス・カンヌの病院で20年以上前に新生児を取り違えられた事件を巡り、2家族が病院を相手取り起こしていた訴訟で、裁判所は病院側に200万ユーロ(日本円で約2億8千万円)近い賠償の支払いを命じた(2月10日付AFP)。

この事件の原告のマノン・セラーノさんは10歳の時、母・ソフィーさんと血の繋がりがないことがわかった。その後、マノンさんの実の両親と、ソフィーさんの実の娘とは再会したが、話し合いの結果、それぞれの子供を元の親に戻すことなく、それまで通り家族として暮らしていくことを決めたという(ニューヨークタイムズ紙)。

新生児取り違えは、日本でも創作やノンフィクション作品の題材ともなっている。2013年に公開され、大ヒットした映画「そして父になる」は、取り違えた子供を血の繋がった親が引き取るというストーリーだった。この映画のように、日本では育ての親より生みの親を優先することも少なくない。

また、イギリスでは今年、「ヒトの受精と胎生学法」の改正法が可決・成立した。これにより、異常なミトコンドリアを持つ卵子から正常な卵子へ核を移植し出産することでミトコンドリア病の発症を防ぐことができるようになる。遺伝子情報は核だけでなく移植先のミトコンドリアなどにも含まれるため、2人の母親と父親の「3人の親」の遺伝情報を受け継いだ新生児が誕生することになる。このように、生殖医療が進めば進むほど、「親子」をどう考えるかは混乱するだろう。

今、焦点になっているのは「育ての親」か「生みの親」か、あるいは、血の繋がりがあるかないかだ。しかし、人間の本質は、肉体ではなく、その中に宿る魂である。こうした視点から考えると、血の繋がりのみを重視することには問題がある。

人間は、生まれる前にあの世で人生計画を立ててきており、親となる魂とも約束している。取り違えも本人が修行のために選択して生まれてきた可能性もあるのだ。

たとえ血が繋がっていなかったとしても、育ての親となった相手は何度も生まれ変わる中で魂の絆を深めた相手であるかもしれない。霊的視点を持つことで、親子のとらえ方や選択肢も変わるのではないか。 (悠)

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