中東の憎しみの連鎖を断つには――国際政治にも「許し」を - 編集長コラム

中東の憎しみの連鎖を断つには――国際政治にも「許し」を - 編集長コラム

 

2015年4月号記事

 

編集長コラム

 

中東の憎しみの連鎖を断つには

――国際政治にも「許し」を

 

「日本政府よ、お前たちは悪魔の有志連合の愚かな同盟国と同じだ」

 2月初め、日本人人質を殺害した映像には、「イスラム国」によるメッセージが音声で流れた。

 これに対し、イギリスのキャメロン首相は、「イスラム国は悪魔の化身」と批判。お互いが「悪魔」とののしり合う中で、戦争がさらに激しさを増している。

 中東での憎しみの連鎖を断つ道はあるのだろうか。まずは、複雑な中東の対立の構造をいくつかの要素に分ける必要がある。

 

  1. (1) 今も続く欧米の人種差別・植民地主義との戦い。
  2. (2) 原理主義化したイスラム教スンニ派とシーア派の宗派対立。
  3. (3) イスラム教とキリスト教・ユダヤ教の宗教対立。

 

 この3つの要素に分けて考えれば、解決策がある程度見えてくる。

 

 

(1) 今も続く欧米の植民地主義との戦い

 中東・アラブでは、(1)の欧米による人種差別や植民地支配の"遺産"を今も引きずっている。

 第一次大戦で中東・アラブを支配していたオスマン・トルコ帝国が敗れ、英仏などの列強はトルコの旧領土を都合よく分割し、実質的な植民地とした。今のイラクやシリアなどの国境線は、英仏が勝手に引いたものだ。

 だから、イスラム国が独自の支配地域をつくろうとするのも、シリアの内戦も、欧米による国境線を引き直そうという抵抗運動の意味合いが強い。

「欧米の植民地主義」との戦いは、何らかの"独立"を勝ち取るまで今後何十年と続いていくだろう。その一つのモデルは、明治維新で近代国家をつくり、国の独立を守り、最後はアジア全域の植民地を欧米から解放した日本だ。

 その意味で日本には、中東・アラブでの「近代国家づくり」に対し、経済・技術支援などできることがたくさんある。

 

 

(2)原理主義化したスンニ派・シーア派の対立

 (2)のスンニ派・シーア派の原理主義の問題は、実は第二次大戦後のことで、そう古くはない。

 イスラム圏は西暦800年ごろ、哲学や数学、天文学などが発達し、最盛期を迎えた。しかし1500年代から下り坂に入り、ヨーロッパに逆転された。

 時代は下って第二次大戦後、中東・アラブに集中して原油が出るようになった。それに伴って中世の栄光の記憶が蘇ったかのようにイスラム教が中世返りし、多くの宗派で原理主義が台頭した。

 サウジアラビアやイランではコーランやシャリーア(イスラム法)が憲法や法律のような位置付けで、生活の細部まで人々を縛り、人権や人間性を抑圧している。

 この原理主義の問題は、イスラムの二つの宗派スンニ派、シーア派の両方にあり、サウジアラビア対イランなどの対立を先鋭化させている。この延長上にイスラム過激派がある。アフガニスタンやパキスタンのタリバンは、ノーベル平和賞のマララさんを銃撃。ナイジェリアのボコ・ハラムは学校に通う少女らを誘拐している。

 イスラム圏でこうした不幸が広がるのを止めるには、イスラム教の縛りを取り払い、個人の「自由」を認めるしかない

 それを20世紀初めに実現したのが、トルコ建国の指導者ケマル・アタチュルク大統領だ

 第一次大戦に敗れたオスマン・トルコ帝国は、イギリスなどの列強によって解体されようとしていた。そこにケマルが彗星のように登場し、独立戦争を戦ったうえ、イスラム宗教指導者(カリフ)を兼ねる皇帝(スルタン)を倒し、宗教支配を終わらせた。

 シャリーアや国教制を廃止するなど政治からのイスラムの分離を徹底し、国民生活や経済活動で個人の「自由」が認められるようになった。

 このトルコ型の革命が、(2)の問題の解決策だ。

 

 

(3)イスラム教とキリスト教・ユダヤ教の対立

 中東の紛争でまずイメージするのは、(3)のイスラム教とキリスト教・ユダヤ教の宗教対立だろう。

 3つの宗教はみな一神教だから対立するしかないのかというと、そんなことはない。お互い「兄弟宗教」で、「同じ神を信じている」という認識はある。ユダヤ教の神もキリスト教の天なる父も、イスラムのアッラーも同じ存在だ。

 

 

 問題は、一神教と言いつつ、実は神が複数いる点にある。中東・アフリカで広く信仰を集めた普遍的な神と、ユダヤの民族神が一緒になってしまっている。旧約聖書を読むと、多くの場合、「主」と表記されるヤハウェと、「神」と表記されるエローヒムは明らかに正反対の個性だ。ヤハウェは「異民族を滅ぼし尽くせ」と命令する戦闘的な裁きの神。エローヒムは「復讐してはならない。隣人を愛せ」と導く愛の神。キリスト教は旧約聖書も正典なので、ヤハウェの"思想"を受け継いでいる。

 コーランにもヤハウェの影響が強く、異教徒の殲滅をよしとする箇所がある。

 9・11テロや1月のパリ新聞社襲撃事件は、この文脈にある。3つの宗教の対立は、ヤハウェの激しい戦闘性や復讐心に原因があるのだ。

 その意味で、3宗教とも宗教改革が要る。裁きの神ヤハウェの影響を取り除き、愛の神エローヒムにどう一本化できるか。

 幸福の科学の大川隆法総裁は、3つの宗教の創始を天上界から導いた至高神としての自覚を持ち、その秘された本来の名が「エル・カンターレ」であることを明らかにした。復活の愛の神の教えは、世界のイスラム教国にも広がりつつある。3つの宗教の対立・紛争を解消するのは、100年以上かかる大事業になるだろう。

 

 

復讐の連鎖を断つ「許しの力」

 このように中東での憎しみを消し込む道は、ある程度描くことはできる。ただ、言うは易く、行うは難しだ。

 20世紀の哲学者ハンナ・アーレントは、人間が復讐の連鎖から抜け出すためには、「許しの力」が欠かせないと指摘した

 間違いや罪を犯さない人はいない。そのままなら、憎しみが膨らみ、復讐が延々と続く。アーレントは、人間は一人ひとりが唯一の存在であり、地上でその人固有の新しい価値を生み出していくことに幸福があると述べているが、これが不可能になってしまう。

 彼女はこれを回避するには、「許しと放免が必要であり、人びとを、彼らが知らずに行った行為から絶えず赦免しなければならない」と説き、「許しは復讐の対極に立つ」と強調した。

「許し」によって人類は復讐から自由になり、何度でも再出発することができる。

 実際、過去に人種差別主義を乗り越えたケースはどれも、「許しの力」が不可欠だった。

 リンカンは南北戦争のさなか、敵である南部に同情的な発言をしたところ、聞いていた婦人に「どうしてそんなことを言うのか」と問いただされた。リンカンは「敵を友に変えたら、それは敵を滅ぼしたことになりませんか」と答えた。イエスの「汝の敵を愛せよ」の教えを徹底的に実践したからこそ、分裂しかかった国を再び一つにまとめることができた。

 

 

「許し」を社会変革の力に

 1950~60年代アメリカの公民権運動の指導者キング牧師は、「インド独立の父」ガンジーの非暴力主義とイエスの愛の教えを結びつけ、黒人解放を成し遂げた。

 キング牧師は、教会が爆弾で壊されたり、子供たちまで暴力事件に巻き込まれたりするさなかの1963年の説教で、こう語りかけている。

「人種差別を嫌悪しつつ、一方では人種差別主義に陥っている人々を愛するのです。これこそ愛に満ちた社会を築く唯一の道なのです」

「愛の創造的な力は、人類の平和と安全を確保する、最も強力な手段です」

 アーレントの言うような「許し」を個人の人間関係だけでなく、社会を変革する力にまで高められる人物の登場が、今も残る人種差別・植民地主義に終止符を打つ

 

 

トルコ革命での「許し」

 先に触れたトルコ革命のケマル・アタチュルクは、皇帝や皇族を一夜にして国外退去させるなど、苛烈で独裁的なことを行ったので、「許し」と対極の「復讐」の人だったようにも見える。だが、必ずしもそうではないようだ。

 オスマン帝国の皇帝アフメト6世は第一次大戦の敗戦後、自分の地位と財産を維持することと引き換えに、イギリスなどが領土を切り刻むことを認めるという堕落ぶりだった。ケマルは、政治や経済活動を縛るイスラム権力を切り離すことで、国民が豊かさや幸福を追求できるようになることを求め続けた。

 ケマルが目標としたのは、東洋で初めて近代国家をつくり、強国ロシアを破った日本。執務机に飾った明治天皇の御真影を前に、自分が進める革命や独立戦争が「明治維新や日露戦争のようになるだろうか」と自問自答した。

 ケマルは最後まで「独裁者」ではあったが、主権在民を理想とし、民主化移行をいったんは試みた。しかし国民の側がついていけず、一党独裁体制に逆戻り。それでも、選挙がないのに全国を遊説し、改革の意義を説明して回った。

 ケマルの時代から100年近く経っても、トルコほど世俗的な政治体制をとるイスラム教国はない。それだけ大きな「革命」をやれば、多くの国民の血が流れてもおかしくないが、犠牲となったのはクルド人の反乱鎮圧の約1千人。「無血革命」と言われる明治維新でも、戊辰戦争と西南戦争だけで2万5千人以上が亡くなっているので、ケマルも「許し」の心が強かったと言えそうだ。

 

 

神の裁きを恐れるイスラム教徒への「許し」

 (3)のイスラム教の宗教改革は、幸福の科学の教えに出会ったイスラム教徒からもう始まっている。

 改宗即死刑の中東のあるイスラム教国の30代男性はこう語る。

「私は、アッラー、エローヒムとエル・カンターレが実は同じだと聞いて驚きました。エル・カンターレの真実の愛の教えを学ぶことができ、とてもうれしいです」

 イスラム教徒の多くは、「教えや戒律に従わない者は、地獄で永遠に拷問されると教えられている」という。神の裁きへの恐怖心から礼拝などの宗教行為をしているイスラム教徒は、まさに愛の神の「許し」を待ち望んでいる。

 

 

日本人の「使命」

 日本人が知っておかねばならないのは、どの解決策も、日本に深い関係があるということだ。

 日本はアジアで初めて近代国家をつくり、欧米の人種差別・植民地主義をたたき壊した。イスラムを政治から切り離し、国民に自由をもたらした「トルコ革命」のモデルも日本。将来のイスラム宗教改革も、日本をベースとする新しい世界宗教がカギを握る。

 今の時点では、イスラム国による人質事件を受け、海外で国民を守れるか右往左往している状態だが、中東・アラブでの紛争の解決策を考えれば考えるほど、日本の役割は大きいと分かる。

 イスラム教圏とキリスト教圏を仲裁し、さらには、イスラム教そのもののイノベーションを導く。この「使命」を日本人は受け止められるだろうか

(綾織次郎)

 

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