長崎県の病院で10代前半の少年が6日、臓器移植法に基づく脳死と判定され、心臓などの臓器が各地の患者に移植された。15歳未満の脳死判定としては4例目になる。

2010年の法律改正で、本人が拒否の意思を示していなければ、家族の承諾で臓器提供が可能となった。この際に、15歳未満の脳死臓器移植も解禁されている。

今回の臓器提供も家族の承諾によるもので、少年が以前から「人を助けたい」「看護師になりたい」と話していたことが決断の背景にあった。家族は、「息子の夢や未来を築いてあげられるのは私達家族しかいない」「息子が誰かの希望となり、その方と共に明るい毎日を送ることができれば」とコメントしている。

これまでに日本で、本人の意思が不明なまま、家族の意思で臓器移植が行った例は120以上にのぼる。移植によって救える命があることは否定できないが、宗教的には、臓器提供をした本人の死後についての配慮が抜け落ちていると言わざるをえない。

そもそも人間は、魂が肉体に宿ったかたちで生きており、死後、魂は肉体から出ていく。しかし脳死の状態では、肉体と魂とはまだ一体で、臓器を取られると激しい痛みを感じる。そのため、あの世への安らかな旅立ちが妨げられることもある。

今、日本では多くの人が、「人間は死んだ後も霊として永遠の生命を持つ」ということを知らない状態だ。死んだことすら分からず、地上で彷徨う霊も数多くいる。こうした霊的事実を無視した状態で臓器移植を進めると、移植で命が助かる人が増える一方で、臓器移植に伴う痛みとショックで苦しむ霊も増えてしまう。

さらに、現在の移植医療は、「脳死患者は生き返ることはない」ということが前提になっている。しかし、女優の佳那晃子さんは1月に脳死の「宣告」を受けた後で意識を取り戻し、8月には手足が動くまで回復した。また、ハンガリーで11月、脳死と判定された女性が出産したケースが報道された。やはり、「脳死を人の死」と考えるには無理があるだろう。

臓器提供をした少年が無事あの世に旅立ち、天上界で幸福に暮らせることを祈ると同時に、人間の魂まで救うためには、医学のさらなる進歩が必要だと痛感させられる。人間の本質が霊であることを前提とした生命倫理の発展、そして臓器提供の代替となる再生医療などに期待したい。(晴)

【参考書籍】

幸福の科学出版 『永遠の生命の世界』 大川隆法著

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=139

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2013年10月21日付本欄 家族承諾での脳死臓器移植 反対5割に増加 脳死は人の死ではない

http://the-liberty.com/article.php?item_id=6797