2012年2月号記事

アフガニスタン・イラクでの10年越しの戦争を経て、アメリカは外交の軸足をアジア・太平洋へと移した。周辺国との摩擦を生んでいる中国の海軍拡張に、どうバランスするかという戦略的な問題が、アメリカ外交を動かしている。

11月にオバマ大統領が行った1週間の同地域訪問は、太平洋を舞台とした米中覇権競争の本格化を予見させるものだった。オバマ大統領は最後の訪問地となったオーストラリアの議会で演説し、「アメリカの国防費削減は、決してアジア・太平洋を犠牲にするものではない」と、アメリカが太平洋地域にとどまることを強調した。

オバマ大統領は今回の外遊で、豪北部のダーウィンに海兵隊の拠点を設ける協定をオーストラリア政府と結んだ。中国が周辺国と領土問題を繰り広げる南シナ海は、海上交通路の要衝でもあり、海の安全を確保する上で、アメリカはオーストラリアなど同盟国との関係深化を進めている。

クリントン米国務長官ミャンマー訪問で中国を牽制

東南アジアでは各国を味方に取り込もうと、米中による外交戦が加速している。その舞台のひとつが、11月末にクリントン米国務長官が訪問したミャンマー(旧ビルマ)だ。

軍政が民主活動家への弾圧を続けるミャンマーでは、3月にテイン・セイン政権が発足。セイン大統領は10月に、200人あまりの政治犯を含む6千人以上の受刑者を釈放するなど、改革の姿勢を見せている。民主化運動のヒロイン的存在になっているアウンサン・スー・チー氏も、主宰する国民民主連盟(NLD)を政党として再登録し、来年行われる議会の補欠選挙に自ら立候補する予定だ。

こうした“良心の囚人"の釈放をはじめ、労働組合の設立認可やインターネット規制の緩和など、新政権の改革はこれまでにないペースで進むが、まだ道半ばなのも事実だ。セイン大統領と会談したクリントン長官は、依然として1千人以上が捕らえられているとされる全ての政治犯の釈放を要請。アメリカが課している制裁についても当面は緩和しない方向を示している。北朝鮮との核技術の協力関係の行方も、今後の課題の一つだ。

しかしその一方で、クリントン長官はミャンマーの民主化を今後も後押しし、関係正常化を目指す意向も表明した。その背景にあるのは、東南アジアでの影響力を強める中国の存在である。11月24日付の英ガーディアン紙は、「オバマ大統領のアジア外遊とビルマとの接触には一つの共通テーマがある。それは、アジア・太平洋でのアメリカのリーダーシップを示し、中国を封じ込みたいという熱い思いである」と、クリントン長官訪問の背景を論じている。

ミャンマー政権にとっても、拡大する中国の影響力は脅威になっており、一連の改革も、アメリカなど自由主義国に関係改善の秋波を送り、中国にバランスを取ろうとしたものと見られる。 セイン政権は9月、ミャンマー国内に中国が計画を進めていた水力発電用ダムの建設中止を発表。また、セイン氏は大統領として初の外遊先にインドを選んだが、ここにも中国への牽制の狙いが読み取れる。

東南アジアでの綱の引き合い

国内改革を通してアメリカなどとの関係を深めるミャンマーだが、その真意は等距離外交で双方から支援や投資を引き出すことだという分析もある。例えば、12月3日号の英エコノミスト誌は「ミャンマーは賭け金をヘッジして、この新たなビッグ・ゲームに勝つのがどちらか見ている」と論じている。

中国は中止になったダムのほかに、雲南省からミャンマー西部の港まで鉄道を敷設し、南シナ海を迂回する陸路開発を進めているとされる。ミャンマー向けの戦略的な投資を行う中国に対して、アメリカは制裁緩和などをテコとしながら、ミャンマー政府にさらなる改革を促すことになるだろう。

中国の海軍拡張に対し、アメリカは周辺国との関係強化に動いた。本格化した米中覇権争いは、東南アジアでの綱の引き合いとなっている。