2020年8月号記事

新連載

ニッポンの新常識

軍事学入門 1

核の抑止力とは何か

今月号から始まる新連載。社会の流れを正しく理解するための、
「教養としての軍事学」について、専門家のリレーインタビューをお届けする。

元航空自衛隊空将

織田 邦男

プロフィール

(おりた・くにお)1974年、防衛大学校卒。第6航空団司令官、航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)などを歴任。現在、東洋学園大学客員教授、国家戦略研究所所長を務める。

抑止力の学問的な定義は、「相手がこちらに害を与えるような行動に出るならば、重大な打撃を与える意思と能力を持っていることを、あらかじめ相手に明示し、有害な行動に出るのを思いとどまらせる」ことです。

つまり抑止力が成立するには、「十分な報復能力を持つこと」「報復の意思があると明示すること」「相手にそれを理解させること」が必要だというわけです。

かつて旧ソ連が1975年に、米本土には届かないが、ヨーロッパ全域に届く中距離ミサイルを配備しました。当時のヨーロッパ諸国は、「スペインに核を撃ち込まれたら、アメリカは核で報復するのか?」という疑念を持ち、核武装の議論が紛糾。そこでアメリカは、イギリスやイタリアなどに中距離ミサイルを配備し、ソ連に対抗する構えをとります。

これを受けソ連は、アメリカとの交渉のテーブルにつき、中距離ミサイルを廃棄する「中距離核戦力(ΙΝF)全廃条約」を締結。軍拡競争に歯止めがかかりました。これはひとえに、ヨーロッパが核の脅威を真剣に捉えて行動した結果、軍縮が実現した事例と言えます。